第23話-3◆届かない
「グロー……?」
「立て」
声がうまく出ない。
「リリィ、立ってろ」
「やだ」
小さな声だった。
次に出た声は、違った。
「やだ……」
リリィの足元から、白い線が立ち上がった。
敵の線ではない。
同じ白でも、違う。部屋の線は冷たい。測る線だ。リリィから出た線は、震えていた。怖くて、悲しくて、怒っていて、うまく形になっていない。
だからこそ、部屋の線よりずっと強かった。
バランが後ろへ下がる。
「まずいね」
ベルニーが矢を下げた。
「近づけない」
白い外套の人物が、ゆっくり言った。
「よい反応です」
その一言で、何かが切れた。
リリィの顔が、ぐしゃっと歪んだ。
「名前で呼んでって、言ったのに」
白い線が広がる。
「勝手に使うなって、言ったのに」
床が鳴る。
「姉さんを探したいのに」
壁の欠けた翼の線が、逆向きにひび割れた。
「エイヴァが……」
リリィの声が震える。
「グローが……」
俺は口を開こうとした。
大丈夫だ、と言うつもりだった。
嘘でもいいから、言うべきだった。
だが、声が出ない。
リリィの涙が落ちた。
「しんじゃったじゃないかぁー!」
白が爆ぜた。
音は遅れて来た。
部屋の床が持ち上がる。白い線が全部、リリィを中心に逆流した。敵の線も、砦の線も、検査室の残骸も、まとめて巻き込まれる。
欠けた翼の形が、欠けたまま広がる。
片側しかない輪。
でも、その片側だけで、砦の白を塗り潰した。
壁が割れる。
天井の線が弾ける。
白い腕章の者たちが吹き飛んだ。兵の声が戻る。外の音が一気に流れ込む。遠くで馬が暴れ、誰かが叫ぶ。
バランが剣を床に突き立てて踏ん張っていた。
「これは……さすがに、目立ちすぎだね」
声に余裕がない。
ベルニーは入口の柱に片腕をかけ、歯を食いしばっている。
「笑ってる場合じゃない」
「笑ってないよ」
「珍しい」
「本当にね」
リリィは泣いていた。
泣きながら、白い線を放っていた。
敵幹部へ向けて。
白い外套の人物は、飛ばされていなかった。
白い線に押され、外套が大きく揺れている。だが、立っている。手袋の銀糸が裂けても、指先はリリィへ向けられている。
「素晴らしい」
白い外套の人物が言った。
リリィの怒りの中で、それでも声は聞こえた。
「怒りでも、悲しみでも、灯りは灯りです」
「黙って!」
リリィの白線がさらに強くなる。
俺は動こうとする。
動け。
動け。
今、これ以上リリィが力を流せば、敵の思う壺だ。
怒りで砦は割れる。だが、その力は白い外套の人物へ届く前に、国境の向こうへ流される。あいつはそれを待っている。
白い外套の人物は、リリィへ手を伸ばした。
「そのまま流しなさい。そうすれば、向こうの片翼も近づく」
薄布の奥で、笑った気がした。
「姉であれ、片割れであれ、役に立つ形で戻るなら十分でしょう」
「黙って!」
「会いたいのでしょう」
リリィの白線が揺れた。
「リリィ、撃たないで」
ベルニーが言った。
短い声だった。だが、届かない。
「まずいね。あれは褒めていない。餌を撒いている」
バランが低く言った。
リリィは泣いている。
怒っている。
白線はさらに強くなる。
「でも……!」
その声は、子供の声だった。
姉を探したい子供の声。
俺は斧の柄を探した。
指先が石をかく。
届かない。
もう一度、手を伸ばす。
白線が胸の中で引きつった。息が詰まる。視界の端が白くなる。
知るか。
痛いなら動け。
俺は指を伸ばし、斧の柄に触れた。
握る。
重い。
いつもの斧が、やけに重い。
それでも、柄を石に叩きつけた。
鈍い音がした。
リリィの肩が跳ねる。
白い外套の人物の手が止まった。




