第23話-2◆エイヴァ
敵の手元。白い線の集まり。リリィの足。バランの位置は遠い。ベルニーの射線は入口側。エイヴァはリリィの手の中。俺の斧は床に向いている。
次に来る線は、俺の斧では受けにくい角度だ。
「下がれ」
俺は言った。
リリィが首を横に振りかける。
「やだ、まだ――」
「今は聞け」
白い外套の人物の指が動く。
細い白線が束になり、リリィへ伸びた。
刃ではない。
だが、あれはまずい。
当たれば、足元の固定どころじゃない。リリィの白線ごと、砦の奥へ縫い込む。国境の向こうへ流す。そういう線だ。
俺は斧を引く。
間に合わない。
斧で受ける角度じゃない。なら、体を入れるしかない。
斧の柄から片手を離した。
「グロー!」
リリィの声が聞こえた。
俺はリリィの前へ体を入れた。
白線の束が、胸から肩へ走る。
熱くはない。
冷たい。
皮膚を切る痛みではない。骨の内側に釘を打たれるような、気持ち悪い痛みだった。体の形を勝手に測られ、違う器へ押し込められるような感覚。
息が止まる。
斧の柄を握っていた指が、勝手に開いた。
重い音を立てて、斧が石畳に落ちる。
胸から肩へ走った白線が、首筋の下で一度だけ強く光った。俺の体が後ろへ揺れ、膝から崩れる。
口の中に鉄の味が広がった。
息を吸おうとしても、胸が動かない。
リリィの目が、俺の胸元で止まった。
「良い盾です」
白い外套の人物が言った。
俺は歯を食いしばった。
「盾に……値段をつけるな」
声が掠れた。
リリィの足元の白線は、一瞬だけ切れた。俺が受けたぶん、リリィへの流れが外れたのだろう。
それでいい。
なら、無駄じゃない。
「グロー!」
リリィが俺へ手を伸ばす。
「触るな」
俺は低く言った。
「線が移る」
「でも」
「立ってろ」
「やだ」
「立ってろ」
怒鳴る力はなかった。
だが、リリィは止まった。泣きそうな顔で、止まった。
偉い。
そう言う前に、また白線が走った。
白い外套の人物は、リリィの動揺を見ている。
使う気だ。
リリィの恐怖も、怒りも、悲しみも、全部。
エイヴァがリリィの手の中で動いた。
「リリィ、息をしな」
「エイヴァ、だめ」
「年寄りの言うことは、こういう時だけ聞くもんだよ」
エイヴァは飛べなかった。
リリィの手から転がるように落ち、床へ着いた。白い羽が石にこすれる。片方の翼がうまく開いていない。それでも、白線の上を、小さな足で進む。
「鳥、無理するな」
俺は膝をついたまま言った。
「君にだけは、言われたくないね」
エイヴァは笑った。
笑ったつもりなのだろう。声は震えていた。
小さな体が、白い線の継ぎ目へ乗る。
そこは、さっき俺が割った床と、砦へ広がる線の境目だった。細く、歪んでいる。俺には壊しきれなかった場所。
エイヴァがくちばしを開いた。
鳴き声ではない。
短い、古い言葉のような音が出た。
白い線が揺れる。
白い外套の人物が、初めてはっきりエイヴァへ顔を向けた。
「その姿で、まだ干渉を」
「年寄りを甘く見るんじゃないよ」
エイヴァの羽が、ふわりと広がった。
広がっただけだ。
飛べない。
だが、白い線の流れがリリィから外れる。一瞬だけ、リリィの手と足の白線が弱くなった。
「エイヴァ!」
リリィが叫ぶ。
「名前を持ってな。取られないように」
エイヴァの声が、小さくなる。
「あと、泣くなら息をしてからだ。泣き方まで忘れたら、あいつらの思うつぼだからね」
白線が跳ねた。
エイヴァの体が、小さく弾かれる。
床に落ちた。
白い羽が広がり、動かなくなる。
「エイヴァ!」
リリィが一歩、踏み出した。
右足の痛みで崩れかける。だが、白線はもう薄い。エイヴァがずらした隙に、リリィの体は戻っている。
俺は立とうとした。
膝が動かない。
胸の奥に残った白線が、体の中で絡む。腕が重い。斧の柄が遠い。
指に力を入れようとしても、肘から先が少し遅れてついてくる。
体の中に、他人の命令が一本混じったみたいだった。
リリィが俺を見る。
落ちた斧。
動かない俺の腕。
胸元に焼き付いた白い筋。
それから、床に広がったまま動かないエイヴァの白い羽。
リリィの目が、大きく開いた。
俺が息をしているかどうかなんて、あの距離の子供にわかるはずがない。
わかるのは、俺が倒れたこと。
エイヴァが動かないこと。
それだけだった。




