第23話-1◆嫌な予感
外から差していた光が、細く潰れた。
門の方で、重い石が噛み合う音がした。誰かが外で叫んだが、その声は途中で白い壁に吸われる。
白い線が床を走り、壁を上り、天井へ広がっていく。
部屋が閉じた。
いや、部屋だけじゃない。
国境砦そのものが、口を閉じた。
「閉じ込められた、というやつかな」
バランが剣を構えたまま言った。
いつもなら、そこで余計な笑顔がつく。だが今は、口元だけが動いた。目は笑っていない。
「見りゃわかる」
「確認だよ」
「確認してる暇はない」
俺はリリィの前に立った。
リリィは右足をかばいながら、まだ立っている。顔は白い。手首から肘へ伸びた白線は消えていない。傷んだ足と白線の不快さで、立っているだけで精一杯のはずだ。
エイヴァはリリィの両手の中で丸くなっていた。
丸い、というより、しぼんでいる。
白い羽は力なく沈み、くちばしだけがかすかに動く。
「出口、歪んでる」
ベルニーが弓を構えたまま言った。
入口はまだそこにある。だが、外へ続くはずの隙間が、白い線にねじられていた。向こう側の兵の影は見える。声も少しだけ聞こえる。けれど、距離がおかしい。手を伸ばせば届きそうで、どこまでも遠い。
エイヴァが小さく笑った。
「出口じゃない。あれはもう、口を閉じた檻だよ」
「鳥籠に詳しいな」
「笑えないねえ」
「笑わせる気はない」
「そこが君の悪いところだよ」
軽口の形だけは残っている。
だが、エイヴァの声はかすれていた。
白い外套の人物は、割れた装置に手を置いたまま、こちらを見ていた。顔は薄布で隠れている。だが、見られているのはわかる。
人としてではない。
駒か、札か、反応か。そういうものとして測る視線だ。
「小さい器は壊れました」
白い外套の人物が言った。
穏やかだった。壊されたことを悔しがる声ではない。
「では、大きい器を使いましょう」
「砦を器にする気か」
「最初から、そのための門です」
床の白線が一段、強く光った。
リリィが息を詰める。
足元に白い輪が浮かび、細い線がリリィの靴の周りを囲んだ。右足の傷にかぶさるように、白線が這う。
「っ……」
リリィの膝が揺れた。
俺は手を伸ばしかけ、止めた。
不用意に触れば、俺まで引かれる。そういう線だ。
エイヴァが声を絞る。
「足元を縫われてる。動かすと痛みごと固定されるよ」
「切れるか」
「普通の刃じゃ無理だね」
「普通じゃない刃なら」
「君の斧は普通に物騒なだけだよ」
「役に立たんな」
「今のはアタシのせいじゃないねえ」
リリィが両手を握る。
「わたしを、通すんじゃなくて……使うの?」
白い外套の人物は首を傾けた。
「通すことも、使うことも、同じです。門とはそういうものですから」
「違う」
リリィの声は震えていた。
だが、消えてはいない。
「違う。門は、自分で通るものです」
「よく教えられていますね」
「教えた覚えはない」
俺は言った。
「勝手に覚えた」
「なら、よい子です」
「おまえが言うな」
白い線がリリィの足元から伸び、部屋の中央へ向かう。砕いた装置の残骸を迂回し、床の継ぎ目から壁へ、壁から門へ。
リリィから何かを引いている。
魔力か、響きか、白い連中が好きな名前は知らない。
だが、リリィのものを、リリィの許可なく持っていこうとしているのはわかった。
「使わせない」
俺は斧を握り直した。
足場を見る。
床の白線は、砕いた円形装置を中心に広がっている。ただし、さっきより線の流れが違う。壊した部分を避け、壁の古い線へ流れている。砦全体へ移ったせいだ。
入口はバランが抑えている。ベルニーの射線は曲がっているが、壁や床に反射させれば使える。エイヴァは飛べない。リリィは動かせない。
俺がやるのは一つだ。
リリィの足元へ向かう線を割る。
敵幹部を倒すより先に、足元を外す。
「バラン」
「何かな」
「目立て」
バランが一瞬、目を丸くした。
それから、少しだけ笑った。
「ついに君も、ぼくの価値を正しく理解したか」
「目立つだけならいつも通りだ」
「役に立つ目立ち方だよ」
「たまに」
ベルニーが言った。
「たまにでも嬉しいね」
「喜ぶな。動け」
バランは剣を上げた。
白い外套の人物へ向かって、まっすぐ踏み込む。
派手だ。
無駄に見えるほど派手だ。剣の軌道も、踏み込みも、視線の取り方も、全部が人目を引く。普通なら腹が立つ。今は助かる。
白い外套の人物の顔が、ほんの少しだけバランへ向いた。
その瞬間、ベルニーが動いた。
正面へは撃たない。
矢を床へ撃った。
矢尻が石畳に当たり、弾かれる。白い線で歪んだ射線を、逆に使った。跳ねた矢が壁の細線をかすめ、白い光が一瞬だけ乱れる。
俺はその隙にリリィの足元へ踏み込んだ。
白線が足元から伸びる。斧で直接切るのではなく、白線が刻まれた床の継ぎ目を狙う。
一発。
石が割れる。白線が揺れる。
二発。
右足側の線が一瞬だけ薄くなる。
リリィが息を吸った。
「動けるか」
「少し」
「動くな。まだだ」
「でも」
「今は聞け」
リリィが唇を噛む。
白い外套の人物が手を上げた。
バランの剣は届く前に、白い線の束に受け止められる。刃が止まった。バランの腕に白い筋が絡む。
「っ、これは、少し困るね」
「下がれ」
俺が言うより早く、ベルニーの矢が白い筋を叩いた。
バランの腕が抜ける。
「助かったよ」
「二回目はない」
「一回目があるなら十分だ」
「本当に困る人」
ベルニーの声は冷たいが、射線はもう次を探している。
白い外套の人物は、俺ではなくリリィを見た。
嫌な予感がした。




