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流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


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第22話-4◆向こう

「……向こう」


 白い線が、一瞬だけ強く光った。


 音はしなかった。


 代わりに、リリィの顔から血の気が引いた。


 俺はすぐ抱えるように支える。


「見たのか」


「わからない」


 リリィは震えていた。


「見たんじゃない。声でもない。空いてた」


「空いてた?」


「輪の、向こう側みたいに。欠けてるところの先に、何か……何かがあるのに、ないみたいな」


 エイヴァがリリィの手の中で目を細めた。


「届いたね。ほんの少しだけ」


「止めたんじゃないのか」


「止めたよ。全部じゃないだけだ」


「それを止めたと言うな」


「言うさ。止めなかったら、今ごろリリィは立ってない」


 エイヴァの声には力がなかった。


 俺はそれ以上言わなかった。


 装置の中央は割れている。床の線も何本か切れている。白い扉の光も弱まった。


 だが、完全には消えていない。


 白い手袋の者は、割れた装置を見ていた。


 悔しがってはいない。


 それが一番嫌だった。


「十分です」


 白い手袋の者が言った。


 俺は斧を構え直す。


「何がだ」


「片側で、ここまで鳴るとは」


 別の声がした。


 低くも高くもない。よく通るが、熱がない声。


 白い手袋の者たちが一斉に下がった。


 入口の向こう、白い腕章の列の奥から、一人の人物が歩いてきた。


 白い外套。白い手袋。だが、他の者とは違う。手袋の銀糸が細かい。欠けた翼の印が、ただの印ではなく、手の甲から袖口へ続く線になっている。顔は薄い布で隠れている。男か女かも、年も、よくわからない。


 ただ、場がそいつを中心に動いた。


 白い手袋の者は現場の人間。


 こいつは違う。


 上だ。


 バランが笑わず、剣を構えた。


 ベルニーはすでに矢を向けている。


 エイヴァはリリィの手の中で、小さく息をのんだ。


「……その気配」


「知り合いか」


「知り合いなら、鳥の姿で会いたくはなかったね」


 エイヴァの声が固い。


 白い外套の人物は、割れた装置を見下ろした。


「壊しましたか。よく動く」


「よく喋るやつよりはましだ」


 俺は言った。


 人物はこちらを見た。


 顔は見えない。だが、視線が俺を通り過ぎ、リリィへ向くのがわかった。


「片翼で、ここまで鳴るとは」


「何を鳴らした」


「足りないものを呼ぶ音です」


 リリィの手が俺の腕をつかんだ。


「姉さん……?」


「断定するな」


 俺は即座に言った。


 リリィは息を詰め、それでも頷いた。


「うん」


 白い外套の人物が、少しだけ首を傾けた。


「良い保護者だ。言葉は粗いが、縛り方を知っている」


「俺は保護者じゃない」


「では、檻の番ですか」


 斧を握る手に力が入った。


 バランが半歩前に出る。


「言葉選びが悪いね。彼よりは上品だが、彼より不愉快だ」


「ありがとう」


「褒めていません」


「知っている」


 白い外套の人物は、リリィへ向けて手を少し上げた。


「片方はもう向こうにある」


 リリィの顔が揺れた。


 俺はその前に立つ。


「名前を言え」


「必要ありません」


「なら信じない」


「信じなくて構いません。響きは、信じるかどうかでは変わらない」


 エイヴァの羽が、リリィの手の中で震えた。


 寒さではない。疲れでもない。


 もっと古い傷を、いきなり爪で引っかかれたような震え方だった。


「……その言い方、昔から嫌いだよ」


 白い外套の人物が、初めてエイヴァを見た。


 小さな白い鳥を。


「まだ喋れるのですね」


 エイヴァの羽が逆立った。


 俺の背筋が冷える。


 知っている。


 こいつはエイヴァを知っている。


「エイヴァ」


「聞くな」


 エイヴァは短く言った。


「今は聞くな。あとで怒られる分には受ける」


「怒る前提か」


「君、怒るだろう」


「たぶんな」


「たぶんじゃないね」


 白い外套の人物は、割れた装置へ白い手袋を置いた。


 装置は壊れている。少なくとも、俺は壊した。ベルニーも線を断った。エイヴァもずらした。リリィも抵抗した。


 なのに、白い線がまた浮いた。


 床から壁へ。


 壁から天井へ。


 天井から国境砦の門へ。


 壊したはずの部屋が、国境砦全体に広がっていく。


「装置は壊れた」


 俺は言った。


「ええ。小さいものは」


 白い外套の人物は、ゆっくり手を広げた。


「では、砦ごと閉じましょう」


 白い線が床を走った。


 入口が歪む。外の兵の声が遠ざかる。バランが剣を構え直した。今度は笑わない。ベルニーが矢をつがえたが、白い線のせいで射線が曲がって見える。


 外から差していた光が、細く潰れた。


 門の方で、重い石が噛み合う音がした。


 誰かが外で叫んだが、声は途中で白い壁に吸われた。


 エイヴァの羽が、リリィの手の中で力なく沈んだ。


「エイヴァ」


「寝てないよ」


 声が小さい。


「ちょっと、羽が言うことを聞かないだけさ」


「それ、だいじょうぶじゃない」


「だいじょうぶじゃないね」


 リリィが泣きそうな顔で、それでも泣かなかった。


 右足は痛い。手の白線も消えていない。顔は白い。立っているだけで苦しいはずだ。


 俺はリリィの前に立った。


 壊した床だけでは足りない。


 装置だけでも足りない。


 相手は、砦そのものを使うつもりだ。


 白い外套の人物の向こうで、国境の門が低く鳴った。


 町より高い門が、今度は檻になる。


 俺は斧を握り直した。


 次は、床を壊すだけでは足りない。


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