第22話-3◆名前を言いな
エイヴァが肩から飛んだ。
いや、飛んだというより落ちかけながら滑った。リリィの近くへ行き、白い羽を広げる。
「リリィ、息を短くするんじゃない。三つ数えるな。あいつらの数に乗る」
「じゃあ、どう数えればいいの」
「数えなくていい。名前を言いな」
「名前?」
「自分のだよ。取られたくないものを先に持っておくんだ」
リリィは震える息を吸った。
「リリィ」
白線が揺れる。
「リリィ」
また揺れる。
「リリィ」
三度目で、部屋の鳴りが少しずれた。
白い手袋の者が初めて、はっきり動きを止めた。
「余計な干渉を」
「小鳥の鳴き声だよ」
エイヴァが白い羽を膨らませた。
「ぴっ」
「遅い」
俺が言うと、エイヴァがこちらを睨む。
「今のはわざとだよ」
「わざとでも遅い」
「君、本当にこういう時まで」
言い終わる前に、エイヴァの体が沈んだ。
生活魔法というには大きすぎることをしている。リリィの魔力漏れを整えているのか、白線の揺れを少しずらしているのか。俺にはわからない。
ただ、羽がしぼむのはわかる。
「無理するな」
「無理しないで済むなら、とっくに昼寝してるよ」
「昼寝はあとだ」
「約束したね」
「してない」
「聞いたよ、リリィ」
リリィは苦しそうな顔のまま、小さく頷いた。
「聞いた」
「おい」
小鳥と子供が勝手に組むな。
俺は三発目を叩き込んだ。
留め具が折れた。
中央の円が傾く。床の白線が一部切れ、部屋の鳴りが荒くなる。
「ベルニー!」
「見えてる」
矢が二本続けて飛んだ。
一本目は壁の線を割る。二本目は天井近くの細い金具を叩いた。金具が外れ、白線の光が一瞬だけ細くなる。
バランは入口で兵と白い腕章を止めている。剣の動きは派手だが、斬っていない。剣の腹、柄、肩、足。動かし方は俺と違うが、殺さないようにしているのは同じだ。
「ぼくにしては地味な戦いだね!」
「十分うるさい」
「そこは否定しないのかい!」
「黙ると死ぬのか」
「魅力が死ぬ」
「なら少し死なせろ」
ベルニーが低く言う。
「死なせたい」
「味方だよね?」
「今は」
白い腕章の一人が、バランの横を抜けた。
リリィへ向かう。
俺は装置から離れかける。
その前に、リリィが自分で一歩下がった。
右足が痛む。顔が歪む。それでも、白い腕章の手から外れる。
「触らないで」
声は震えていた。
だが、届いた。
白い腕章が一瞬止まる。その隙に、ベルニーの矢が男の袖を壁へ縫い止めた。
リリィは倒れかける。
俺は戻って支えた。
「よく避けた」
「痛い」
「知ってる」
「ほめて」
「よく避けた」
「もう一回」
「今か」
「今」
「よく避けた」
リリィは苦しい顔のまま、少しだけ笑った。
俺はすぐ装置へ戻る。今の一瞬で、床の白線がまたつながり始めている。壊しても戻る。完全に砕かないと止まらない。
面倒な仕組みだ。
金のかかった嫌がらせほど腹立つものはない。
俺は斧を構え直した。
「次で落とす」
「反動が来るよ」
エイヴァが言った。
「リリィにか」
「君にもだ。たぶん部屋中に」
「たぶんをやめろ」
「わかっている範囲で言ってるんだよ」
「リリィ」
「うん」
「俺の後ろ。足を開くな。痛い方に体重を乗せるな。エイヴァを持て」
「エイヴァを?」
「落ちる」
「落ちないよ!」
エイヴァが言った直後、羽がへなっと下がった。
リリィが両手で包む。
「落ちそう」
「今のは演技だよ」
「うそ」
「うそじゃない。少しだけ本当だ」
「それは本当」
俺は斧を振り上げた。
その時、白い手袋の者が言った。
「届きますよ」
声が穏やかすぎた。
「その子の片翼は、もう向こうへ向いている」
「黙れ」
「探したいのでしょう」
リリィの手が震える。
俺は振り返らない。
「リリィ。聞くな」
「聞いてない」
「嘘だな」
「少し聞いた」
「正直でいい。忘れろ」
「無理」
「なら後で考えろ。今は立て」
「うん」
俺は斧を叩き下ろした。
中央の留め具が砕けた。
白い円形装置が傾き、床に食い込んでいた線が裂けた。部屋の白が大きく歪む。耳の奥ではなく、骨の内側で何かが鳴った。
リリィが叫びかける。
エイヴァが羽を広げる。
ベルニーの矢が最後の細線を一本断つ。
バランが入口で兵を押し戻し、笑わない声で言った。
「踏ん張れ!」
白い線が床を走った。
切れたはずの線の一部が、壁の奥へ逃げるように伸びる。国境砦の石組みへ。門へ。さらにその向こうへ。
止めきれない。
俺は手を伸ばしたが、掴めるものじゃない。
リリィの目が大きく開いた。




