第22話-2◆留め具
その笑いはすぐ白線に奪われかけた。手首から肘へ、淡い筋が上る。俺は白い扉へ向かった。
兵が止めようとした。
バランが派手に割り込む。剣の腹で槍を払う。金属音が鳴り、人の目がそちらへ吸われる。
「国境兵諸君、少し道を空けたまえ。今の敵はぼくではない。残念ながらね」
「残念なのか」
ベルニーが呟く。
「多少はね。注目は浴びたい」
「黙って浴びて」
「それは無理だ」
ベルニーの矢が、扉の上の細い金具を射抜いた。
白い扉がさらに開く。
俺はそこへ斧を叩き込んだ。
刃ではなく、刃の付け根。扉を切るのではなく、噛ませる。石の縁と白い金属の継ぎ目に斧が入り、歯を食いしばってこじる。
嫌な音がした。
扉は壊れない。だが、隙間は広がった。
「入るぞ」
「入るって、そこ狭いよ」
エイヴァが言う。
「おまえは小さいだろ」
「君が狭いんだよ」
「知ってる」
俺は肩を斜めにして、リリィを先に通す。背中を押さない。足元を見る。右足を引っかけないように、リリィが自分で一歩ずつ入るのを待つ。
「遅い」と言わない。
急がせれば転ぶ。
リリィが中へ入った瞬間、白い部屋が鳴った。
音ではない。
胸の奥をなぞられるような、不快な揺れだった。
壁も床も白い。だが、白い石ではない。表面には細い線が走っている。円を描き、欠けた翼を作り、扉を通り、国境砦の門へ伸びている。
部屋の中央には、井戸底で見た記録盤に似た円形の装置があった。
小さい。
だが、嫌な感じはずっと濃い。
床に刻まれた線が壁へ上がり、壁から天井へ行き、そこから砦全体へ抜けている。小さな部屋の装置ではない。国境砦そのものを、でかい器にしている。
エイヴァが俺の肩で固まった。
「……これ」
「知ってるのか」
「アタシの封じに使われた筋と同じだよ」
声が低い。
いつもの皮肉がなかった。
「同じ手か」
「同じ考え方だね。力を殺さず、形だけ変えて閉じる。鳥籠に入れるんじゃない。本人の形を、籠に合わせて曲げる」
「誰がやった」
エイヴァは答えなかった。
白い羽が、ふっとしぼむ。
「まだ言えない。言えるほど、思い出したくない」
そうか。
なら今は聞かない。
俺は中央の装置を見た。
「どこを壊す」
「真ん中を叩くと、反動がリリィに返る。床の線。壁の細い導き。あと、あの円を支えている四つの留めだ」
「多いな」
「全部壊せば止まるよ」
「少なく言え」
「無理だね」
「役に立つ。腹は立つが」
「それ、便利に使ってないかい」
中央の円形装置から、白い線が四方へ伸びていた。
右の壁へ二本。天井へ一本。入口脇の細い柱へ一本。
ベルニーが狙えるのは壁の線。バランが抑えているのは入口。リリィは俺の左後ろで、痛い足をかばいながら立っている。
なら、俺が潰すのは床だ。
バランが遅れて入ってきた。後ろで兵を抑えながら、まだ顔だけは整えている。
「中はずいぶん趣味が悪いね」
「白が似合わないな」
「ぼくに似合わない色は少ないはずだけど」
「今は黙れ」
「はいはい」
ベルニーは入口の影から中を見た。すぐに矢をつがえる。
「壁の線、動いてる」
「撃てるか」
「細い。止まってない」
「当てろ」
「命令多い」
言いながら、ベルニーは撃った。
矢が壁の白線を叩く。線が欠け、部屋の鳴りが一瞬だけ乱れた。
リリィが膝をつきかける。
俺は支えた。
「立てるか」
「立てる。でも、手が、勝手に熱い」
リリィの手首から肘へ伸びた白線が、部屋の中央へ引かれている。糸ではない。掴めない。だが、引かれているのがわかる。
白い手袋の者が扉の向こうから入ってきた。
「壊す必要はありません。反応はもう始まっています」
「止める」
「止めれば、探し物は遠のきます」
リリィの息が揺れる。
俺は先に言った。
「断定するな」
「わかってる」
リリィは歯を食いしばった。
「わかってる。姉さんかもしれない。でも、違うかもしれない。だから、勝手に決められたくない」
白い手袋の者は少し黙った。
その沈黙は、理解した沈黙ではない。反応の値がずれたことを測り直す沈黙だ。
腹が立つ。
俺は中央の円形装置へ向かった。
白い腕章の者が二人、横から来る。短い杖を持っている。先端に白い線が走っている。斬る道具ではない。触れて反応を強める道具か。
バランが片方へ出た。
「ぼくの相手もしてくれるかな」
白い腕章の者は答えない。
杖を振る。
バランは剣で受けた。白い火花のようなものが散り、バランの笑顔が一瞬引きつる。
「おっと。見た目より嫌な手触りだ」
「無理するな」
「心配かい?」
「倒れると邪魔だ」
「君の優しさは本当に棘だらけだね」
「避けろ」
俺が言った瞬間、ベルニーの矢がバランの肩すれすれを抜け、白い腕章の杖を弾いた。
バランが目を丸くする。
「ベルニー、近い」
「避けた」
「ぼくがね」
「できると思った」
「信頼かな?」
「計算」
「それはそれで嬉しくないな」
俺は装置の支柱に斧を叩き込んだ。
白い円が震えた。
反動が来る。足の裏から膝へ、腹へ、奥歯へ抜ける。嫌な響きだ。刃が滑る。普通の石じゃない。だが、壊れないわけではない。
二発目。
今度は斧の角度を変える。刃を入れるのではなく、留め具を潰す。硬い音。白い留め具が少し歪む。
リリィが呻いた。
「グロー、だいじょうぶ。続けて」
「だいじょうぶじゃない時は言え」
「今、だいじょうぶじゃない。でも、続けて」
「面倒な報告だな」
「グローが教えた」
「悪い使い方をするな」




