表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/96

第22話-1◆壊す

 白い手袋の者は、白い扉の前に立ち、リリィへ手を差し出した。


「反応を、こちらへ」


 リリィの指先に、白い線が浮いた。


 俺は斧を抜いた。


 刃が柄の留めを離れる音だけで、近くの兵が息を止めた。


 その一拍だけ、国境砦の門前から音が消えた。


 荷車の車輪も、人のざわめきも、札をめくる音も止まったように感じた。実際には止まっていない。どこかで馬が鼻を鳴らし、商人が荷を抱え、子供が泣きかけて母親に口を塞がれている。


 だが、俺の周りだけは凍った。


 白い手袋の者だけが、変わらなかった。


「刃物は、響きを乱します」


「なら近づくな」


 俺は斧を下げたまま、リリィの前へ半歩出た。


 斧を振るにはまだ近すぎない。だが、槍が伸びるには十分に近い。兵の足、槍の握り、白い腕章の者の位置、バランの剣、ベルニーの弓、エイヴァの体重。


 全部見る。


 リリィの右足は、踏ん張れていない。痛みを隠そうとしているが、膝が少し内側に入っている。押されれば崩れる。


「国境で抜刀とは、なかなか目立つね」


 バランが横に並んだ。剣はまだ抜いていない。だが、柄に置いた手は飾りじゃない。


「おまえほどじゃない」


「褒め言葉として受け取っておこう」


「捨てろ」


「ひどいな」


 ベルニーの声が短く飛ぶ。


「来る」


 白い扉の線刻が、淡く光った。


 扉が開く前から、向こう側で何かが動いている。石の奥を白い線が走り、壁の中へ潜り、門の石組みへ伸びていくのが見えた気がした。見えた、というより、リリィの手に浮いた白線がそれを教えてくる。


 リリィが小さく呻いた。


「グロー、手が……」


「握れ」


 俺は左手を後ろへ差し出した。リリィの冷たい指が俺の手首に触れる。


 細い。震えている。


 強く握れば折れる。だから、逃げ場だけは残して押さえる。


 白い腕章をつけた者たちが、白い扉の左右へ動いた。国境兵とは違う。動きに迷いがない。兵が俺を止めようとしているのに対し、白い腕章の連中はリリィではなく、扉の線を見ている。


 目的が違う。


 兵は危険値九十八を止めたい。白い腕章は、リリィを鳴らしたい。


「兵は殺すな。白い腕章を止めろ」


 俺が言うと、バランが軽く笑った。


「命令されるのは癪だが、悪くない判断だ」


「癪なら黙って従って」


 ベルニーが弓に矢をつがえた。


「味方への言い方ではないね」


「今は味方」


「今は、が余計だよ」


「余計じゃない」


 エイヴァが俺の肩で羽を膨らませる。


「仲が良いねえ」


「どこがだ」


「ぴっ」


「普通の小鳥に戻るな。遅い」


 兵長が手を上げた。


「危険値九十八を制止! 子供を確認室へ!」


 白い手袋の者は、変わらず穏やかに言った。


「乱さないでください。響きが傷つきます」


「傷つけてるのはそっちだろ」


 俺は踏み込んだ。


 最初の槍が来る。穂先は胸ではなく肩。殺す気はない。止める気だ。


 斧の刃ではなく、背で下げる。金属がぶつかり、槍の穂先が石畳を叩いた。兵の体が前のめりになる。俺は柄尻を兵の肩口へ当て、押し込む。骨は折らない。息だけ抜く。


 もう一人の槍が横から来た。


 バランの剣が、それを弾いた。


 派手な音がした。周囲がそちらを見る。腹立たしいくらい目立つ。


「ぼくが三人分くらい目立とう」


「普段通りだな」


「普段のぼくを高く評価しているようで嬉しいよ」


「評価はしてない」


「しているように聞こえたけれど、ねっ!」


「耳まで派手か」


 バランが笑いながら二人目の兵を下がらせる。その間に、ベルニーの矢が飛んだ。


 白い腕章の男の手元をかすめる。白い札が弾け、石畳に落ちた。


 男は怯まなかった。落ちた札を拾わず、壁に触れる。


 壁の線がまた光る。


「そっちじゃない」


 ベルニーが低く言った。


 次の矢は、壁の線へ向いた。


 矢尻が白い細線を叩く。硬い音。線が一瞬だけ途切れ、扉の光が揺らいだ。


 リリィの手の震えが少し弱まる。


「今のか」


「一本だけ」


 ベルニーが答える。


「多い」


「見ればわかる」


「全部撃て」


「矢が足りない」


「金がないみたいな話だな」


「似てる」


 似ているか。いや、似ているのかもしれない。


 足りないものを数えながら動くのは、どこでも同じだ。


 白い扉が半分開いた。


 中から冷たい白が漏れる。


 光ではない。部屋の奥の石が、静かにこちらを見ているような白さだった。


 リリィの手首に、白い線が伸びた。


「いや……」


 細い声だった。


 俺は振り返らずに言う。


「リリィ、見るな」


「見てない。見てないのに、来る」


 白い手袋の者が、ゆっくり言った。


「怖がらなくて大丈夫です。その響きは、迷子を探す灯りになります」


 リリィの息が詰まる。


 迷子。


 言葉を選んでいる。姉とは言わない。名前を言わない。だが、リリィが何を思うかはわかって言っている。


 俺の奥歯が鳴った。


「リリィ」


「探したい」


 リリィが言った。


 俺は一瞬だけ動きを止めた。


 兵の槍が来る。俺は足をずらし、柄を滑らせる。槍は俺の脇を抜けて、石畳をこすった。兵の手首を斧の柄で打つ。落とさせる。折らない。


 リリィの声が続く。


「探したい。姉さんを、探したい」


「わかってる」


「でも、勝手に使われるのは、いや」


 リリィが俺の外套から手を離した。


 右足が石畳を踏む。痛みで肩が震えた。それでも引かない。


「わたしが鳴るなら、わたしが決める」


 白い手袋の者は小さく首を傾けた。


「子供が自分で響きを選ぶのは危険です」


「選ばせない方が危険だ」


 俺は斧の背で白い腕章の男の腕を払った。男が壁から手を離す。だが、別の白い腕章が扉の内側へ下がった。


 まずい。


 外で止めるだけでは足りない。


「中だ」


 俺は言った。


 バランが横目でこちらを見る。


「入るのかい?」


「壊す」


「国境の設備を?」


「嫌なら外で目立ってろ」


「嫌ではないね。問題は、ぼくも壊す側が似合いそうなことだ」


「似合うな」


「認めるのが早い」


 俺はリリィの手首を取った。逃がさないためじゃない。引きずらないためだ。


「走るな。足を置け。痛かったら言え」


「今、痛い」


「正直でいい」


「褒めた?」


「今は報告でいい」


 リリィが、ほんの少しだけ笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ