第21話-3◆事実を餌にするな
白い手袋の人物が、こちらを見た。
目元は見えない。けれど、見られたとわかる。人を見ているのではなく、反応を見ている目だ。
「白線の子ですね」
声はやわらかかった。
子供に飴を渡す時の声。泣くなと教える時の声。数を数えさせる時の声。
俺はリリィの前に出た。
「違う」
「失礼しました。リリィさん」
名前を言い直した。だが、遅い。
こいつは先に反応を呼んだ。
兵が白い手袋の者へ頭を下げる。
「追加確認が必要な子供です。白線反応あり」
「そうですか。国境前で見つかるのは、よくありませんね。反響が強い場所ですから」
リリィの肩が震える。
エイヴァが俺の肩で低く鳴いた。普通の小鳥の鳴き声ではない。
俺は白い手袋の者を見た。
「この子に近づくな」
「怖がらせるつもりはありません」
「怖がってる」
「響きが乱れているだけです」
「それを怖いと言う」
白い手袋の者は、少しだけ首を傾けた。
「追加確認室で整えれば、すぐに落ち着きます」
「行かない」
「保護者の方ですか」
「そういうことでいい」
リリィが俺の外套をつかんだ。
俺は横目で見た。怖い顔をしている。だが、倒れてはいない。
白い巡礼団の荷車は門の内側へ進んでいく。止めたい。追いたい。今すぐ布を裂き、箱を叩き割り、中を見るべきかもしれない。
だが、ここは国境砦の門前だ。兵が多い。リリィの足は傷んでいる。エイヴァは消耗している。俺が一人で暴れれば、危険値九十八のオークが国境で暴れたという記録が残る。白い箱はその間に奥へ消える。
向こうは、それを待っているのかもしれない。
俺は歯を噛んだ。
その時、背後から妙に明るい声がした。
「やあ。ずいぶん重たい門だね。ぼくが遅れた分、場が暗くなったのかな」
この声を聞いて、ほっとしたくはなかった。
だが、少しだけ息が抜けたのは事実だ。
振り返ると、バランが立っていた。金髪は砂と汗で少し乱れている。鎧も汚れている。いつもより疲れているくせに、顔だけは腹立たしいほど整えていた。
隣にはベルニー。
こちらは無駄なことを一切しない顔で、すでに門、兵、白い列、記録係の手元を見ている。
「子供は」
俺は短く聞いた。
バランの笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。
「街道番の保護所へ。ぼくの名義で臨時保護にした。白い巡礼団へは戻さない形だ」
「手続きは通した」
ベルニーが言った。
「戻してない」
「ああ」
それだけで十分だった。
完全に信用したわけじゃない。だが、今ここで疑う相手は別にいる。
バランは門の方を見上げ、大げさに肩をすくめた。
「さて、ぼくの名がどれくらい通じるか試そうじゃないか。国境の門にも、多少の礼儀はあるだろう」
「門にも好みがある」
「君はぼくに対して一言目からひどいね」
「二言目もひどいぞ」
「聞きたくないな」
ベルニーが二人の間に視線を刺した。
「二人とも、邪魔」
エイヴァが俺の肩で小さく笑った。
「この子、だんだん君たちの扱いが雑になってきたねえ」
「ぴるる」
俺が横目で見ると、エイヴァは急に普通の小鳥のふりをした。遅い。
バランは兵に向き直り、きれいな礼をした。
「バランだ。冒険者登録と、臨時保護の控え札がある。国境確認を頼みたい」
兵は一瞬だけ反応した。
名前は効いた。まったく効かないわけではない。
だが、門は開かない。
「臨時保護の控えは確認します。しかし、国境通行には別の通行札が必要です」
「ぼくの依頼記録では不足かな」
「国境ですので」
「実に失礼なほど堅いね」
「規定です」
「規定なら、まあ、失礼なほど堅くても許されるか」
「許されません」
ベルニーが短く言った。
バランは笑顔のまま少しだけ目を細めた。
「そこは乗ってくれてもいいだろう」
「今は遊ばない」
「ぼくはいつも真剣だよ」
「それが困る」
ベルニーは記録係の手元へ歩いた。兵が止めようとする前に、バランが自然に一歩ずれて視線を引いた。派手な男は邪魔だが、こういう時は便利だ。人の目が勝手にそちらへ流れる。
ベルニーは白い札の束を見た。
「子供欄が別」
小さく言う。
俺は近づかず、目だけで追う。
「通常通行札、荷札、巡礼札。子供の名前はこっちにない。白い札だけ別棚」
記録係が慌てて札を隠そうとした。
ベルニーはすでに見終わっている。
「白い巡礼団は、子供の名前で通してない。反応で通してる」
リリィの指が外套を強く握った。
白い手袋の者は、穏やかなまま立っていた。
「誤解です。保護中の子供たちは、混乱を避けるため一時的に名前を預かっています」
「預かるな」
俺は言った。
白い手袋の者がこちらを見る。
「名前は持ち主が持つものだ」
「とてもまっすぐなお考えですね」
「曲がってるのはおまえらだ」
兵がまた槍を動かした。
「発言に注意してください」
「記録に残せ」
「挑発と見なします」
「じゃあ今のは独り言だ」
「大きすぎます」
「声が低いんだ」
リリィがこんな時なのに、少しだけ変な顔をした。笑っていいのか困っている顔だ。
よし。まだ大丈夫だ。
白い手袋の者は一歩、リリィへ近づいた。
「リリィさん。怖がらなくて大丈夫です。白線反応がある子供は、追加確認室で響きを整えます。痛いことはしません。三つ数えられれば、すぐ終わります」
リリィの顔が凍った。
三つ。
白い子供たちが数えさせられていた数。
鳴り砂の谷で、泣かないように教えられていた声。
俺は一歩前へ出た。
「終わりだ」
「まだ手続きが」
「終わりだと言った」
兵たちが完全にこちらへ向いた。
白い手袋の者は、少し困ったように首を傾ける。
「国境砦では、反応のある子供を確認せず通すことはできません。まして、危険値九十八の方が同行しているとなると」
「俺を理由にするな」
「事実です」
「事実を餌にするな」
白い手袋の者の沈黙が、一瞬だけ変わった。
穏やかな布の奥で、何かがこちらを測り直した気がした。




