第02話-4◆白い馬車の絵
リリィはうなずき、新しい靴で歩き出した。少し大きいが、さっきより足音が安定している。エイヴァは肩の上でしぼんだ羽を整えながら、眠そうに目を細めていた。
俺は黒パンと水袋を持ち直す。
銅貨はほとんどない。魔石も消えた。手に入ったのは固いパン、水、針と糸、少しの干し肉、リリィの靴。
それから、面倒な情報。
いつものことだ。
危険者待機柵へ戻る途中、リリィが小さく言った。
「グローさん」
「ああ」
「エイヴァ、ちゃんと戻ってきました」
「戻した」
「うん。……でも、エイヴァが自分で戻ってきた」
「箱にぶつかってたがな」
エイヴァが肩の上でふくらんだ。
「そこは言わなくていいんだよ」
「見た」
「君ってのは本当に」
リリィが笑った。
昨日より少しだけ、ちゃんと笑った。
柵の中へ戻ると、朝の嫌な匂いはまだ残っていた。だが、リリィの足元には新しい靴がある。エイヴァは戻った。パンもある。水もある。
大勝ちではない。
でも、負けっぱなしでもない。
俺は柵の隅に座り、黒パンを三つに割った。大きいのをリリィへ。小さい欠片をエイヴァへ。残りを自分へ。
エイヴァが欠片を見て目を細める。
「働きの割に少なくないかい?」
「小鳥前だ」
「便利に使いおって」
リリィはパンを両手で持ち、エイヴァを見た。
「エイヴァ、ありがとう」
エイヴァは一瞬黙った。
「礼を言うなら、次からはアタシを担保にしないことだね」
「うん。もうしません」
「君もだよ、グロー」
「俺は最初から嫌だった」
「顔は店を壊す気だったけどね」
「まだ壊してない」
「自慢にならないよ」
俺は黒パンを噛んだ。固い。口の中の水分が持っていかれる。
リリィは新しい靴のつま先を見て、ほんの少しだけ足を動かした。嬉しいのを隠している。隠せていない。
「歩きやすいか」
「うん」
「なら、次は走るな」
「そればっかり」
「転ぶからな」
「まだ転んでません」
「その調子でいけ」
リリィはパンを噛みながら、小さくうなずいた。
エイヴァは羽をしぼませたまま、俺の膝の上へ移った。疲れている。生活魔法は派手には使っていないはずだが、鳥籠の中で細かいことをしたのだろう。
「寝ろ」
「誰に言ってるんだい」
「鳥」
「敬意がない」
「戻ったら増やす」
「戻っただろう」
「じゃあ少し寝ろ」
エイヴァは文句を言いかけて、やめた。丸くなって目を閉じる。
柵の向こうでは、町の門が開き始めていた。人が流れ込む。札が揺れる。石板が光る。
俺たちは、まだ外側だ。
だが、町の奥に白い馬車の絵があることはわかった。
欠けた翼の印が、役場裏にあることも。
日報はもう、ただの門番の覚え書きではなくなった。
俺はパンを飲み込み、水を一口だけ含んだ。
「次は、白い馬車だな」
リリィの顔が上がる。
「それ、姉さんに関係ありますか」
「まだわからん」
「でも、見るんですね」
「ああ」
俺は壁の向こうを見た。
白い馬車。欠けた翼。石に低く測られた子供。高すぎる数字を叩き出したオーク。担保にされた小鳥。
ろくでもない札が、また一枚増えた。
「見てから決める」
エイヴァが目を閉じたまま、かすかに笑った。
「君にしては慎重だねえ」
「金がないからな」
「そこにつながるのかい」
「動き方を間違えると、飯が減る」
リリィがパンを大事そうに持ち直した。
「じゃあ、間違えないようにします」
「おまえはまず食え」
「はい」
いい返事だ。
町にはまだ入れない。宿もない。金もない。
だが、エイヴァは戻った。リリィは新しい靴を履いた。俺たちは白い馬車の絵を知った。
少し進んだ。
それだけで、今日は昨日よりましだった。




