第20話-2◆次は高い門
バランがこちらを見ていた。
いつもの笑みはあるが、薄い。
「預け先なら、ぼくの名前を使う」
俺はバランを見る。
「何だと」
「疑うのが早いね」
「早い方がいい」
「まあ、君ならそうだろう」
バランは肩をすくめた。
「近くの街道番か、砦外の荷預かり所に子供を預ける。ぼくの冒険者名義で保護依頼を出す。白い巡礼団へ戻さないよう、別管理にしてもらう」
「おまえの名前で通るのか」
「通る場所を選ぶ」
ベルニーが言った。
続けて、指を三本立てる。
「一つ。白い巡礼団の巡礼印が通る場所は避ける」
「二つ。町役場直属の記録所も避ける」
「三つ。街道番の臨時保護なら、冒険者の証言と保護依頼で止められる」
「詳しいな」
俺が言うと、ベルニーは短く答えた。
「前に使った」
「誰に」
「バランに」
「待ってくれ。ぼくは保護された覚えはない」
「酔って道に寝た」
「それは保護ではなく、休息だ」
「記録上は保護」
バランが額を押さえた。
「今、その話をする必要があったかな」
「手順の証明」
「なるほど、ひどい」
リリィが小さく笑った。
子供の一人も、少しだけ目を瞬かせる。
バランはそれを見て、芝居がかったため息をついた。
「まあいい。ぼくの名は、門で笑うためだけにあるわけじゃない。こういう時、少しだけ便利なんだ」
「少しか」
「かなり便利、と言うと君が疑う」
「わかってるじゃないか」
「君との付き合いも長くなったからね」
「長くない」
「濃い」
ベルニーが言った。
バランは少し嬉しそうにした。
「それは否定しない」
俺は子供たちを見た。
このまま連れて国境へ行くことはできない。水も、足も、食料も足りず危険だ。リリィ一人でも限界に近い。エイヴァは飛ぶだけでしぼむ。俺一人で全員背負えるわけじゃない。
保護先が必要。
信用できるとは言い切れない。
だが、他よりはましな手順がある。
「ベルニー」
「何」
「その保護依頼で、名前を空白にするな」
「仮名にする」
「白い巡礼団に戻されないように」
「別記録。巡礼印から切る」
「できるか」
「バランの名で」
バランが胸を張った。
「任せたまえ」
「おまえが言うと不安になる」
「ひどい」
「でも、使う」
バランの表情が一瞬止まった。
「……今、ぼくを信じたかい?」
「使うと言った」
「ほとんど同じだよ」
「違う」
「違わないね」
ベルニーが短く言う。
「今は、信じた」
バランが今度こそ黙った。
それから、少しだけ笑った。
「なら、応えないと格好がつかない」
そういうところは、嫌いではない。
腹は立つが。
俺は白い記録札を拾い上げた。
黒い点が五つ。欠けた輪。短い線。文字ではない。だが、ただの飾りでもない。リリィが踏んだ砂に残った音の跡と似ている。
「エイヴァ」
「見るだけだよ。読めるとは言わない」
エイヴァは荷袋の上から札を覗き込んだ。
小鳥の目が細くなる。
「子供の名札じゃないね。響きの順番だ。鳴らした回数、反応の向き、欠けの深さ。そんなところだろう」
「国境は?」
「この点の並びだけじゃ断定できない」
エイヴァは羽を少し動かした。
疲れているのに、無理に考えている顔だ。
「ただ、さっきの子が言った“高い門みたいな音”。それと、白い箱が黒砂地から奥へ移されたこと。白い巡礼団が通る許可を持っていること。合わせるなら、国境砦が一番近い」
ベルニーが地面の黒い砂を指で少しすくった。
「箱は担がれていた」
「荷車じゃないのか」
「ここから先、荷車は無理。担いで、奥の狭い道へ。道は国境側へ上がる」
ベルニーは砂を落とした。
「白い箱の重さは、子供一人より重い。空ではない」
リリィの顔が硬くなる。
俺は先に言った。
「断定するな」
「うん」
今度は、リリィが自分で頷いた。
「でも、追うんですよね」
「追う」
答えると、リリィは少しだけ息を吐いた。
子供の一人が、ぽつりと言った。
「高い音……門。白い部屋」
全員の視線が向く。
その子はびくっとする。
俺は手を上げた。
「無理に話さなくていい」
リリィが横で頷く。
「覚えてるところだけでいいよ」
子供は唇を噛み、鈴を握ったまま言った。
「白い人が、言った。次は高い門。響きが、よく返るって」
「門の名前は」
ベルニーが聞く。
子供は首を横に振った。
「門。国境。音が高い。そこに、箱」
高い門。白い部屋。響きがよく返る場所。
俺は山上検問砦の古い石と、三差路の町の測り石を思い出した。
人を通す場所に、測るものが置かれている。
町でそうだった。砦でもそうだった。
なら、国境の門はどうなる。
ただ高いだけの門で済むとは思えなかった。
リリィの指が震える。
俺はそれを見たが、何も言わなかった。
言わなくても、リリィは自分で手を握り直した。




