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流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


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第19話-2◆靴を脱げ

「今だ!」


 俺は縄を引いた。


 リリィの体が戻る。


 だが、完全には外れていない。右足だけが、まだ何かに引かれるように残った。


 リリィは足元を見た。


 右足は動かない。けれど、足そのものが縛られている感じではない。


 震えているのは、靴底だった。


 さっきまで何度も直してもらった布。その隙間に入り込んだ白い砂が、鈴の音に合わせて細かく震えている。


 足を捕まれているんじゃない。


 靴を、名札にされている。


「靴」


「何?」


「靴が、鳴ってる」


 俺が止めるより早く、リリィはしゃがんだ。


「待て、勝手に――」


「ごめん、先に言えなかった!」


 リリィは靴紐をほどいた。


 指が震えている。だが、動いている。片方だけ、右足の靴を脱ぐ。白い砂が靴底からこぼれた。


 その瞬間、鈴の音が外れた。


 りん、と変な音を立て、裂け目の奥へ逃げるように消える。


 リリィは裸足の右足を岩の上へ置いた。


 白い足裏が冷たい岩に触れる。細かい砂が刺さったのか、リリィは顔をしかめた。だが、足は動いた。


「戻れ!」


「うん!」


 今度は、縄を引く前にリリィが自分で跳ねた。


 片足は靴。片足は裸足。バランスは悪い。だが、ベルニーが矢で示した岩の出っ張りへ足を置く。


 俺はリリィの外套をつかみ、こちらへ引き寄せた。


 リリィが俺の胸元にぶつかる。


 軽い。


 軽すぎる。


 俺はそのままリリィを背中側へ入れた。


「先に言え」


「ごめんなさい」


「次は言え」


「次は言う」


「よし」


 リリィは息を切らしながら、頷いた。


 足裏から、細い血がにじんでいる。


 俺はそれを見て腹が冷えたが、今は手当てが先ではない。まだ終わっていない。


 白い手袋が裂け目の奥で動く。


「なるほど。靴が名札になっていましたか。よい判断です、リリィ」


 リリィの顔が嫌そうに歪む。


「あなたに、ほめられたくない」


「それもよい響きです」


「黙れ」


 今度はリリィが言った。


 白い手袋の者は笑った。


 その笑いが、砂の下で擦れた。


 ベルニーが三本目の矢を放つ。


 矢は裂け目の奥へ直接向かわず、岩壁に当たって跳ねた。跳ねた先の砂が崩れる。


 その瞬間、奥の音が一瞬だけ消えた。


 完全な沈黙。


 谷の中で、そこだけ音が吸われた。


 ベルニーが言った。


「黒い砂」


「どこだ」


「奥。右下」


 俺は目を凝らす。


 裂け目のさらに奥、白い砂の流れが途切れた場所に、黒い帯があった。湿った土かと思ったが、違う。砂だ。白い鳴り砂と違い、光を吸っている。音も吸っている。


 そこに、影があった。


 小さな影。


 白い外套。深い頭巾。鈴を握らされた子供。


 一人ではない。


 奥に数人いる。


 全員は見えない。白い箱らしき四角い影も、さらに向こうへ動いている。大人の足もある。白い手袋の者は、その奥へ下がり始めていた。


 俺は歯を噛んだ。


 追えば白い箱へ行ける。


 だが、手前に子供がいる。


 選ぶまでもない。


「子供を戻す」


 俺が言うと、バランが即座に叫んだ。


「なら、ぼくが鳴る!」


「一度だけだ!」


「今度は美しく大きく行く!」


「大きくするな!」


「そこは譲れない!」


 バランが岩場から飛び出した。


 砂は踏まない。岩の上を蹴り、鞘で別の岩を叩く。かん、かん、と二つ。


 予定とは違う。


 だが、音の方向は裂け目の入口ではなく、左奥へ流れた。


 白い手袋の者の鈴が、そちらへ一瞬引かれる。


「華やかですね」


「どうも!」


 バランが笑った。


「おまえに褒められても嬉しくはないがね!」


 ベルニーが上から矢を放つ。


 バランの音で揺れた砂の先を、矢が濁す。音が散る。裂け目の奥の固定が乱れる。


 エイヴァが俺の荷袋から飛び立った。


「ぴっ、ぴるる!」


 普通の小鳥のふりだ。


 いや、半分は本当に小鳥に見える。


 白い外套の子供たちが、ぴくりと顔を上げた。


 エイヴァは黒砂地の手前でくるりと回り、かわいらしく鳴く。危険な場所を避け、岩の上へ止まり、また鳴く。


 小鳥を追えば、安全な岩へ来られる。


 そういう誘導だ。


 リリィが俺の腕から離れた。


「わたしも」


「足」


「走らない。言う」


 リリィは裸足の右足を浮かせながら、裂け目の入口へ声をかけた。


 叫ばない。


 砂が拾うからだ。


 それでも、子供に届く声で言った。


「こっち。走らないで。小鳥のところを見て」


 白い頭巾の一つが動いた。


 小さな手に、鈴が握らされている。


 その子は鈴を離そうとしたが、指がうまく動かないらしい。白い飴のせいか、恐怖のせいか、わからない。


 リリィがもう一度言う。


「鈴は持ったままでいい。鳴らさないで。こっち」


 俺は斧を構え、裂け目の入口へ出た。


 大人の白い影が一つ、黒砂地の奥からこちらへ動く。白い巡礼団の一人か。手には棒。刃はない。子供を叩くためではなく、誘導するための棒だろう。だが、俺には関係ない。


 近づいてきた瞬間、俺は斧の背で棒を弾いた。


 棒が折れる。


 乾いた音が、鳴り砂の嫌な響きとは別に、はっきり谷へ落ちた。


 白い影の腕が跳ね上がる。相手は声を上げる前に、口を押さえた。叫ぶなと教えられているのか、叫ぶと砂が鳴ると知っているのか。


 どちらでもいい。


 俺はその腕をつかみ、岩へ叩きつけた。


 骨までは折らない。だが、棒をもう一度握れる強さは残さない。


 白い影が膝をつく。


 俺はその前に立った。


「子供の前に出るな」


 白い手袋の者の声が奥から聞こえる。


「乱暴です。子供が怖がります」


「おまえが言うな」


 俺はもう一人の白い影を睨む。


 そいつは近づかなかった。


 その間に、子供が一人、黒砂地から出た。


 鈴を握ったまま、震えている。


 エイヴァが岩の上で「ぴっ」と鳴く。


 リリィが手を伸ばした。


「こっち」


 子供は一歩踏み出しかけて、砂を見て固まる。


 ベルニーの矢が、その子の足元ではなく、少し先の砂を射た。砂が崩れ、音が濁る。


「今」


 ベルニーの声。


 リリィが頷く。


「今。こっち」


 子供が動いた。


 一歩。


 鈴が鳴りかける。


 バランが左奥で鞘を鳴らした。


 かん。


 鈴の音がそちらへ吸われる。


 子供は岩へたどり着いた。


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