表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/96

第17話-2◆一歩だ

「石でも返るのか」


「石の音に反応したんじゃない」


 エイヴァが言った。


「落ちた場所の砂が鳴って、その鳴り方を奥が拾った。あそこを人が踏めば、もっとはっきり返る」


「俺が踏む」


「重い」


 ベルニーが即答した。


「悪口か」


「条件」


「ならいい」


「よくないねえ」


 エイヴァが羽を揺らした。


「君が踏めば大きく鳴る。大きく鳴れば、大きく返る。谷の奥にいる連中がいるなら、こちらに気づく」


「小さく踏む」


「君は小さく踏んでも大きいんだよ」


 腹の立つ正論だった。


 バランが手を上げる。


「なら、ぼくが――」


「派手」


 ベルニーがまた言った。


「まだ何もしていない」


「する前から派手」


「ベルニー、君は今日ぼくに厳しくないかい?」


「いつも」


「そうだったかな」


「そう」


 リリィがそのやり取りを見て、少しだけ表情をゆるめた。


 それから、自分の足元を見た。


「わたしなら」


 俺はすぐに言った。


「だめだ」


「まだ言ってない」


「言う前からだめだ」


「でも、わたしが一番軽いです」


「軽いからいい話じゃない」


「わかってる」


 リリィは顔を上げた。


 怖がっている。目の端が少し揺れている。けれど、引いてはいない。


「でも、あそこを渡らないと、荷車の跡が見えません」


「別の道を探す」


「探している間に、あの子たちが遠くに行くかもしれない」


「おまえを鳴らして追う話じゃない」


 少し声が低くなった。


 リリィは肩を揺らした。だが、目はそらさなかった。


 前なら、ここで黙っていたかもしれない。


 今は違う。


「グロー」


 名前だけで呼ばれた。


 強い声ではない。けれど、俺の袖を握るだけの子供の声でもない。


「わたし、言えるようになったよ。痛い時も、怖い時も」


「ああ」


「今、怖い」


「なら下がれ」


「でも、見ない方がもっと怖い」


 面倒だ。


 子供は時々、大人より厄介なことをまっすぐ言う。


 俺は右耳の欠けをかいた。


 止めたい。


 止めたいが、リリィの言葉を全部止める権利があるわけじゃない。俺ができるのは、危ない道を見て、縄をつけて、戻れる場所を作ることだけだ。


「一歩だ」


 俺が言うと、エイヴァがこちらを見た。


 バランも、ベルニーも黙る。


 リリィが息を止めた。


「一歩だけ。俺が縄を持つ。足を置いたらすぐ戻る。音が強くなったら引く。白線が痛んだら言え。言わなかったら次はない」


「うん」


「うんじゃなくて、言え」


「痛かったら言う。怖かったら言う。変だったら言う」


「よし」


「また、よしって言った」


「今のはほめた」


 リリィが一瞬だけ、泣きそうに笑った。


 俺は荷縄を短く取り、リリィの腰ではなく、両脇を支えられるように外套の上から回した。締めすぎない。だが、引けば浮かせられる。


 細い体だ。


 縄の向こうにある軽さが、妙に手に残る。


 バランが自分の縄を出しかけた。


「高い縄があるよ」


「さっき使った」


「まだ使える」


「ありがたいが、腹は立つ」


「認めたね?」


「うるさい」


 ベルニーが短く言った。


「私が横を見る」


「ああ」


 俺は頷いた。


 バランが少し嬉しそうな顔をした。


「では、ぼくは?」


「黙って立て」


「役割が地味だ」


「目立つな」


「このぼくに難題を出す」


「できないなら岩に縛る」


 バランは笑ったが、声を抑えた。以前ならもう少し大きく笑っただろう。少しは学習しているらしい。


 リリィは岩の端へ立った。


 白い砂まで、あと半歩。


 俺は縄を握る。右手でリリィを引ける長さ。左手は斧の柄に触れられる位置。足場は岩。踏ん張れる。背後にはバラン。横にベルニー。エイヴァは俺の肩からリリィの肩へ行きかけて、俺に目で止められた。


「何だい」


「重くするな」


「アタシは羽みたいなものだよ」


「態度が重い」


「ひどいねえ」


 リリィが小さく息を吐いた。


「行きます」


「一歩だ」


「うん」


 リリィの足が砂に触れた。


 ちん。


 最初の音は、小石と同じくらい小さかった。


 だが、すぐに違った。


 砂の下から細い音が立ち上がる。普通の足音なら、落ちて、広がって、消える。リリィの音は、消える前にもう一つ奥から起きた。


 ちん、と。


 遅れて、りん、と。


 二つの音が重なった。


 同じ場所から鳴ったはずなのに、片方は足元から、片方は少し離れた見えない場所から聞こえる。まるで、リリィの横にもう一人、小さな誰かが立って、遅れて砂を踏んだようだった。


 リリィが息を飲む。


「痛い」


 言った。


 俺はすぐ縄を引いた。


 引く力が、少し強すぎた。


 リリィの体が岩の上へ戻る。その軽さに、腹の奥が一瞬だけ冷えた。


 落としたら終わりだ。


 そう思うより先に、手が動いていた。


 足が砂から離れた瞬間、白い線が手の甲から手首へ浮き上がった。欠けた翼に似た、細い光。


 エイヴァが短く鳴いた。


「ぴっ」


 普通の小鳥の声ではない。


 谷の奥が、返した。


 ちり。


 それから、もう一つ。


 りん。


 遠い。


 だが、確かにある。


 リリィは岩に戻っても、手を押さえたまま震えていた。


 俺は片膝をつき、リリィの顔を覗く。


「言え」


「痛い。耳の奥も、変。あと……」


「あと?」


「呼ばれたみたいで、いや」


 俺は縄を握る手に力を入れた。


「誰に」


「わからない」


 リリィは首を振った。


「声じゃない。名前でもない。でも、こっちって言われたみたい」


 エイヴァが黙っている。


 珍しい。


 俺はそちらを見た。


「説明しろ」


「したくないね」


「しろ」


「……この砂は、足だけじゃなくて、空いた場所も鳴らしている」


「空いた場所?」


「リリィの中にある、片側の欠けだよ」


 エイヴァはそれ以上を言わなかった。


 言えないのか、言いたくないのかはわからない。たぶん両方だ。


 リリィは自分の手を見ていた。白線は少しずつ薄れている。だが、完全には消えない。薄い光が皮膚の下に残っている。


「わたし、一人で鳴ってない」


 リリィが言った。


 声が震えていた。


「誰かと、間違えられてる?」


「まだわからん」


 俺は即座に言った。


 断定させない。オリビアの名前も出させない。ここでそれを出せば、リリィはもっと深く踏む。


「わからないものは、わからないまま持て」


「……うん」


「ただし、一人では持つな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ