第16話-4◆鳴る砂
「追うなら、正面は駄目」
ベルニーが言った。
「砂が足音を運ぶ。荷車道をそのまま行けば、向こうにわかる」
「回り道は」
「ある。岩の多い縁を使う。でも遅い」
「どっちが追える」
「縁。急がなければ」
急がなければ追える。
嫌な答えだ。
リリィが立ち上がろうとする。俺は手で止める。
「まだ座れ」
「でも、行くんですよね」
「行く。靴を直してからだ」
「また?」
「まただ」
俺はリリィの靴をもう一度見た。砂が細かく、布の中へ入り込んでいる。放っておけば擦れる。擦れれば血が出る。血が出れば、歩けなくなる。歩けない子供をこの谷で抱えて走るのは最悪だ。
「面倒でも、今やる」
「……はい」
「不満か」
「少し」
「いい。不満ならまだ余裕がある」
リリィは目を丸くしたあと、小さく笑った。
「グローさんの判断、変です」
「だいたい合ってる」
「だいたい」
「そこを拾うな」
エイヴァが「ちちっ」と鳴いた。少し元気が戻ってきたらしい。豆を探す顔でもある。
俺は荷袋から豆を一粒出し、エイヴァの前へ置いた。
「食え」
「ようやく礼儀を思い出したね」
「鳴くな。砂が拾う」
「小声で食べるよ」
「食べる音に小声があるのか」
「あるとも。賢者の食べ方だ」
リリィがつられて豆を見た。
「わたしも食べた方がいい?」
「食え」
「今度は腹が鳴らないように?」
「今度は倒れないように」
リリィは豆を受け取った。固い豆を少し苦労して噛む。顔が渋い。
「硬い」
「噛めるならいい」
「グローさんも」
「俺はあとで」
リリィがじっと見る。
さっきまでの恐怖で疲れ切った目なのに、そこだけは引かない。
俺はため息を飲み、豆を一粒取った。
「一粒だけだ」
「うん」
勝った顔をした。小さい勝ちを拾うのが上手くなってきたな、この子は。
ベルニーが谷奥を指す。
「白い箱は奥。荷車は急いでない」
「なぜわかる」
「車輪跡が深い。揺らさないように進んでる」
「中身が大事か」
「たぶん」
エイヴァが豆を割りながら言う。
「白い箱と反応持ちの子供。鳴り砂の谷。ろくな組み合わせじゃないねえ」
「止めるか」
「追いついてからだよ。今、走ればこっちが先に鳴る」
「面倒だな」
「だから、足と手順を見るんだろう。君の得意な嫌な仕事だよ」
褒められている気がしない。
だが、その通りだ。
俺は縄を握り直した。斧ではない。まだ戦う場面じゃない。ここで斧を抜いても、砂しか切れない。
白い巡礼団は、もう谷の奥だ。
正面から走れば、砂がこちらの足音を全部持っていく。
リリィの手は、布の下でまだ白く疼いていた。
俺はその手を見て、縄を短くまとめる。
「追う。だが、向こうのやり方では追わない」
バランが笑った。
「いいね。ようやく作戦らしくなってきた」
「おまえは静かに歩け」
「最初の命令がそれかい」
「一番大事だ」
ベルニーが頷く。
「一番大事」
「君たち、遠慮がないな」
リリィが立ち上がった。まだ足は震えている。だが、目は谷奥を見ている。
「わたし、勝手に使いません」
「ああ」
「でも、感じたら言います」
「それでいい」
「あと、怖かったら言います」
「言え」
「今も少し怖いです」
「知ってる」
リリィは少しだけ笑った。
「それも、見てた?」
「見てた」
短く言うと、リリィはまた固まりかけた。今度は自分で頬を押さえ、すぐに歩く姿勢へ戻る。
学んでいる。
変なところまで。
俺はリリィの前に立った。バランは少し後ろ、ベルニーは先行して岩の縁を見る。エイヴァはリリィの肩へ戻りたがったが、俺が睨むと諦めて俺の胸元の布に収まった。
「また袋かい」
「落ちるな」
「君は本当に雑な優しさしかないねえ」
「あるだけましだ」
「否定しないところが腹立たしいよ」
谷奥で、また鈴が鳴った。
今度は一度ではない。
二度。
間を置いて、三度目。
リリィの手が小さく震える。だが、足は止まらなかった。
俺たちは鳴る砂を避け、岩の縁へ向かって歩き出した。
白い布は見えない。
白い箱も見えない。
だが、荷車の跡は残っている。鈴の音も、まだ届く。
なら追える。
ただし、今度は足音一つまで、こちらで選ぶ。




