第16話-2◆崖を下りる
ベルニーはもう一段下にいた。足場を確かめ、指で合図する。
「右、砂が薄い」
「左は」
「石が死んでる」
「石が死ぬのか」
「踏めばわかる」
上からバランの声がした。
「できれば踏む前にわかりたいね!」
「うるさい。縄を持て」
「持っているとも。ぼくの腕を信用したまえ」
「縄は信用する」
「そこは腕だろう」
言いながらも、バランの手元は安定していた。見た目だけの腕ではない。俺の体重とリリィの重さを、縄越しに受け止められるだけの力はある。
認めると腹が立つので、言わない。
俺は先に足を下ろした。
砂が動く。体重を乗せきらず、岩の出っ張りへ膝を使って重さを逃がす。リリィの縄を短く持ち、彼女が足を出せる幅だけ空ける。
「俺の足の跡を踏め」
「うん」
「手は壁。下を見るな。俺の肩を見る」
「下を見ないと足が」
「足は俺が見る」
「わかった」
リリィは言われた通りに動いた。怖くないわけがない。息が短い。手も震えている。だが、勝手に動かない。昨日より一つ、怖さの扱いが上手くなっている。
エイヴァは布の中から首だけ出し、先の岩を見ている。
「次、少し湿ってるよ」
「見えるのか」
「小鳥の目をなめるんじゃないよ」
「袋の中から偉そうに」
「偉いからね」
ベルニーが下から言った。
「そこ、古い砂。踏むと鳴る」
「鳴る?」
「谷の砂が混じってる」
俺は足をずらす。確かに、色が違う。黄色がかった細かい砂だ。踏む前から嫌な感じがした。
リリィが小さく息を吸った。
「下から、鈴が聞こえます」
「方向は」
「まだ、わからない。でも、下」
「十分だ」
白い巡礼団はまだ遠くへ行っていない。
なら急ぐ。
だが、急ぎすぎると落ちる。
面倒な道だ。
中腹まで下りたところで、風が変わった。
谷底から吹き上げてくる。砂を含んだ風だ。目に入る前に、エイヴァが小さく羽を震わせた。
「来るよ」
「何が」
「砂」
次の瞬間、足元の細い道がざらりと音を立てた。
リリィの右足の下が抜ける。
「グローさん!」
「壁を見ろ!」
俺はリリィの腰縄を引き、自分の左腕で抱え込んだ。だが、俺の足元も少し崩れた。重さが一気に腕へ来る。リリィの身体が横へ流れる。
「足を離すな。いや、離せ。俺を見るな、壁を見ろ」
「どっちですか!」
「今のは俺が悪い」
上からバランの声が飛んだ。
「珍しいね、君が自分の非を認めるなんて!」
「黙って引け!」
「引いているとも!」
縄が強く張る。
バランが上で踏ん張ったのがわかった。見た目だけの腕ではない。俺の体重とリリィの重さを、縄越しに受け止めている。腹は立つが、助かる。
横揺れが来た。
このままだとリリィが壁に打つ。
ベルニーが弓を上げた。
矢が飛ぶ。矢じりに細縄が結んである。古い木杭の穴を抜け、反対側の岩へ引っかかった。
「右、押さえる」
ベルニーが短く言い、細縄を引いた。
リリィの身体の揺れが止まる。
エイヴァが布の中から飛び出しかけた。
「出るな!」
「出ないよ!」
言いながら、エイヴァは羽を一枚震わせた。薄い光が砂埃だけを少し払う。視界が戻る。だが、その代わりにエイヴァの羽がすぐしぼんだ。
「やりすぎるな」
「小鳥袋の中でじっとしてるだけよりはましだよ」
「今は黙れ」
「ぴっ」
普通の小鳥のふりをするのが遅い。
俺はリリィを抱え直し、足場の残っている岩へ引き寄せた。
「足。動くか」
「動く……けど、震えてる」
「それは足が正直なだけだ」
「正直すぎます」
「持ち主に似たな」
「グローさんも、正直すぎるって言われます」
「余計なところを覚えるな」
リリィは息を切らしながら、少しだけ笑った。
その顔を見て、俺の肩から力が半分抜けた。残り半分はまだ抜けない。抜くと落ちる。
上からバランが叫ぶ。
「無事かい?」
「今のところな」
「ぼくの縄と腕に感謝していいよ」
俺は一拍置いた。
言いたくない。
だが、言わないのはもっと違う。
「助かった。腹は立つが」
上が一瞬静かになった。
「……ベルニー、聞いたかい」
「聞いた」
「彼が感謝したよ」
「腹は立つって言ってた」
「そこも含めて貴重だ」
「黙って支えろ」
俺が言うと、バランは嬉しそうに笑った気配を出した。気配だけで腹が立つ。
ベルニーが次の足場を示す。
「あと少し。下は広い。でも砂が鳴る」
「鳴る砂か」
「うん」
リリィが俺の袖をつかんだ。
「わたし、行けます」
「知ってる」
リリィが少し目を丸くする。
「知ってる?」
「怖いと言った。足も言った。指示も聞いた。なら行ける」
褒めたつもりではない。
だが、リリィはまた固まった。頬が少し赤い。崖の途中で固まるな。
「今は照れるな」
「照れてません」
「じゃあ動け」
「はい」
下り道の最後は、細い岩場だった。
ベルニーが先に降り、俺がリリィを支え、バランが上から縄を緩める。エイヴァはすっかりしぼんだ羽で、俺の胸元の布に半分埋まっていた。




