第16話-1◆小鳥袋
白い布は、砦裏の道を曲がって見えなくなった。
正規の荷車道には、もう兵が立っている。槍を横にし、木札を掲げ、いかにも手順通りという顔で道を塞いでいた。
白い巡礼団は通した。
俺たちは通さない。
わかっていたが、腹は立つ。
「団体通過後の封鎖です。確認が終わるまで、裏道の通行はできません」
兵が言った。
言い方は丁寧だ。だが、槍は退かない。丁寧な槍は、雑な槍より少し腹が立つ。
バランが通行札を掲げた。
「ぼくの札でも?」
「許可済みの正規道のみです。現在、裏道は封鎖中です」
「ずいぶん便利な正規だね」
「規則です」
「なるほど。ぼくが嫌いな言葉がまた一つ増えたよ」
兵は答えなかった。答えない訓練を受けている顔だ。
ベルニーが砦裏の壁際へ歩いた。
「こっち」
「こっちは崖だろ」
「だから通れる」
短い。
短すぎる。
リリィが崖の方を見て、少しだけ喉を鳴らした。顔色はまだ悪い。足も痛い。手の白線も布の下で落ち着いていない。寝不足の子供を崖へ連れていくのは、どう考えてもまともじゃない。
だが、正規道の方がもっとまともじゃない。
崖の端には、古い荷下ろし用の細道があった。
道、と呼ぶには心細い。山肌に残った傷だ。ところどころに古い鉄輪や木杭が埋め込まれている。昔は荷を縄で下ろしていたのだろう。今は使われていない。砂が溜まり、石が浮き、足を置いたらどこが残るかわからない。
俺は一歩近づき、足先で砂を押した。
崩れる。
浅いが、嫌な崩れ方だ。表面だけ乾いていて、下が動く。
「詳しいな」
ベルニーを見る。
「前に荷運びで通った。落ちる人も見た」
リリィが目を丸くした。
「それ、今言うんですか」
「先に言った方がいい」
「言い方がある」
俺が言うと、ベルニーは首をかしげた。
「落ちないようにする」
「そう言え」
「そう」
納得した顔をするな。
エイヴァが俺の肩でふくらんだ。さっきから眠そうにしていたが、崖風に吹かれて少し目が覚めたらしい。
「まったく、下りる前から縁起の悪い話だねえ」
「おまえは飛べるだろ」
「この風で飛んだら、白い毛玉が谷へ献上されるよ」
「偉そうな献上品だな」
「丁重に運びな」
「荷物が一番態度でけえ」
リリィが少しだけ笑った。
笑えるなら、まだ動ける。
俺は荷袋を下ろし、縄を出した。古い。だが芯は生きている。三差路の町を出る前に手に入れた安物よりはましだ。とはいえ、俺とリリィと荷物をまとめて預けるには心もとない。
そこへ、バランが得意そうに自分の縄を出した。
白い。
いや、縄まで白い必要があるのか。
「安心したまえ。ぼくの縄は高い」
「値段じゃなく強度を言え」
「高い縄は強い」
ベルニーが短く補足する。
「たぶん本当」
「たぶんで崖を下りるな」
「これは本当に強いとも。見た目もいい」
「見た目は今いらん」
「見た目がよければ士気が上がる」
「おまえの士気だけだ」
バランは少し楽しそうに笑った。こいつは腹が立つほど、こういう時に顔色がいい。
だが、縄は悪くなかった。
手に取る。編みが細かい。油の処理もしてある。手触りは滑らない。高い、という言葉は気に入らないが、役には立つ。
「使う」
「素直じゃないね。感謝してもいいんだよ」
「縄にはな」
「そこは持ち主にも向けるべきだろう」
「落ちなかったら考える」
「それは楽しみだ」
ベルニーが崖の端にしゃがみ、古い鉄輪を叩いた。音を聞いて、首を横に振る。
「ここは駄目」
次の木杭を叩く。
「これは半分」
「半分とは」
「体重次第」
ベルニーが俺を見た。
「あなたは無理」
「見ればわかる」
「言われると少し傷つくね」
バランが言う。
「おまえは聞いてない」
「聞こえたものは参加する主義だ」
「面倒な主義だな」
結局、砦壁の影にある古い鉄輪と、少し下の岩の割れ目を使うことになった。ベルニーが先に降り、途中の足場を見て合図する。バランは上で縄を支える。俺がリリィを下ろす。エイヴァは肩では危ないので、俺の前掛け代わりに結んだ布の中へ移す。
エイヴァはそれが気に入らなかった。
「アタシを袋に入れる気かい」
「落ちるよりましだ」
「小鳥には尊厳というものが」
「豆を入れる場所と別だ。喜べ」
「喜ぶところがないねえ」
リリィが布を結ぶ俺の手元を見て、真面目な顔で言った。
「エイヴァ、豆と一緒じゃなくてよかったね」
「リリィまでそういうことを言うようになったのかい」
「グローさんの言い方がうつりました」
「責任を取りな、グロー」
「知らん」
布の中でエイヴァがふくらんだ。丸い。動く荷物だ。
リリィの番になった。
俺はしゃがみ、靴紐を確認する。かかとの布は少しずれている。直す。指先に砂が入っていたので払う。リリィは黙って見ていたが、少しだけ足を引いた。
「痛いか」
「少し」
「少しじゃない時は」
「言う」
「今、言ったか」
「……少しじゃないです」
「よし」
「よし、なんですか」
「先に言えた」
リリィは困ったように眉を寄せた。叱られると思ったのだろう。だが、言わない方が危ない。
水袋を渡す。
「飲め」
「今?」
「途中で飲めない」
リリィは一口飲んだ。俺が固いパンの欠片を出すと、さらに困った顔になる。
「今、食べるんですか」
「下りてる途中で腹が鳴るよりましだ」
「崖で腹が鳴ったら、落ちますか」
「俺が驚く」
「それは困ります」
リリィは小さく欠片をかじった。固くて、少し眉が寄る。
エイヴァが布の中から言った。
「食べるのも仕事だよ。小さい者は燃料切れが早い」
「エイヴァも食べますか」
「今は袋の中だから遠慮しておこう。尊厳が戻ってからにする」
「尊厳は食えるのか」
「君は黙っておいで」
俺はリリィの腰帯の上から縄を通した。きつすぎず、抜けないように。余った端は俺の腕へ回す。
「怖ければ言え」
「怖いです」
「早いな」
「先に言えって言われたので」
「いい。じゃあ、次は足が滑る前に言え」
「それは、できれば滑る前に止めてください」
「努力する」
エイヴァが布の中で暴れた。
「努力じゃなくて確実にしな」
「小鳥袋がうるさい」
「誰のせいだい」
リリィが笑った。すぐに崖下を見て、顔を引き締める。




