第15話-4◆崖道
バランが一瞬だけ笑った。今度の笑いは、いつもの軽いものではなかった。
確認列は崩された。
砦番は白い巡礼団の手続きを優先し、兵は子供たちの列を囲む。留め置きの女は何度も鈴の音を探しているが、兵に近づけない。
白い巡礼団の荷車が、砦裏へ回り始めた。
俺たちも動こうとしたが、兵が正面に立った。
「留め置き者はここまでだ」
「さっき確認列へ出しただろ」
「確認は終わった」
「通行は」
「まだ許可されていない」
わかっていた。
わかっていたが、腹が立つ。
白い巡礼団は通る。子供を連れて、白い箱を積んで、裏道へ抜ける。俺たちは通れない。危険値九十八。白線反応。確認待ち。便利な言葉が足に絡む。
バランが札を掲げた。
「ぼくの通行札なら――」
ベルニーが首を振る。
「無理。団体通過後は封鎖」
「ぼくが交渉すれば」
「時間がかかる」
「そこを華麗に」
「間に合わない」
バランが珍しく悔しそうな顔をした。
「君、もう少し夢のある言い方をできないかな」
「事実」
「知ってるよ」
ベルニーは砦裏の壁へ視線を向けた。
「別道」
俺はそちらを見る。
崖だった。
砦の裏側は、山肌が大きく削れている。正規の荷車道は緩やかに下っているが、そこはすでに白い巡礼団と兵に押さえられている。少し離れた場所に、古い荷下ろし用の細道があった。
道というより、崖に残った傷だ。
人一人なら、降りられるかもしれない。荷は無理だ。子供も厳しい。小鳥は論外、と言いたいが、エイヴァは小鳥のくせに言い返すだろう。
「詳しいな」
「前に荷運びで通った。落ちる人も見た」
「それを先に言え」
「今言った」
「そういう意味じゃない」
ベルニーは悪びれない。
だが、嘘はなさそうだ。
「崖か」
俺が言うと、ベルニーは頷いた。
「古い荷下ろし道。使われてない。砂が崩れる」
「足が悪いな」
俺はリリィを見る。
リリィは顔色が悪い。足も痛い。手も疼いている。眠れてもいない。それでも、白い巡礼団の白布が砦裏へ消えていくのを見ていた。
「リリィ」
「行きます」
返事が早かった。
「足は痛い」
「痛いです。でも、見ない方がもっといやです」
「勝手に動くな」
「うん」
「合図まで足を出すな」
「うん」
「怖ければ言え」
「怖いです」
「早いな」
「先に言えって言われたので」
言い返しが少し戻っている。
なら、まだ動ける。
バランが胸を張った。
「いいね。では、ここからは競争ではなく隊列――」
「言い方が気に入らん」
「まだ最後まで言っていないよ」
「聞かなくても気に入らん」
ベルニーが短く言う。
「でも正しい」
「余計だ」
バランは少しだけ嬉しそうにした。
「つまり、認めたということだね」
「言ってない」
「顔に出ている」
「出てない」
エイヴァが俺の肩で羽を整えた。
「まったく、崖を前にしてまで騒がしいねえ」
「おまえは飛べ」
「この身体で谷風に乗ったら、白い毛玉がどこかへ消えるよ」
「面倒だな」
「大事に運びな」
「偉そうな荷物だ」
リリィが少しだけ笑った。
下の方で、白い巡礼団の鈴が鳴った。
一度だけ。
かすかに、けれど確かに。
留め置きの女が顔を上げる。リリィも顔を上げる。俺は崖下を見た。白布はもう、曲がり角の向こうへ消えかけている。
ベルニーが縄を取り出した。
「手が足りない」
バランが自分の手袋を外し、笑った。
「それはつまり、ぼくの出番だね」
「落ちるなよ」
俺が言うと、バランは目を輝かせた。
「心配してくれるのかい?」
「落ちたら邪魔だ」
「君の優しさは、いつも石ころみたいだな」
「よく言われる」
俺は荷袋から古い縄を出し、斧ではなく、それを手に取った。
戦う前に、下りる。
殴る前に、追いつく。
リリィの前に立つと、彼女は布を巻いた手を握りしめていた。まだ震えている。でも、目は逸らしていない。
「行くぞ」
「うん」
白い布は曲がり角の向こうに消えた。
それでも、鈴の音は一度だけ返ってきた。
道は見えない。だが、行き先はまだ追える。




