第15話-3◆わたしが決めます
リリィは顔を上げた。
「片側?」
代表はにこりと笑う。
「怖がることはありません。あなたの響きは、迷子を探す灯りにもなります」
「迷子……?」
リリィの声が揺れた。
オリビア。
言わなくても、リリィの中でその名が動いたのがわかった。
俺は短く言う。
「聞くな。都合のいい言い方だ」
代表は俺を見る。
「優しい連れですね」
「その声で褒めるな」
リリィが自分の手を見た。
「わたしが、悪いんですか」
「違う」
すぐに言った。
リリィが俺を見る。
「でも、反応したのはわたしで」
「おまえが悪いんじゃない。向こうが使おうとしてるだけだ」
代表の笑みが、少しだけ薄くなった。
ようやく嫌な顔に近いものが見えた。
「使う、とは心外ですね。導くのです」
「言い方を変えるな」
「迷子を探したいのでしょう」
リリィの肩が震える。
俺は一歩前に出る。兵の槍が動く。バランも動きかける。ベルニーが今度は止めなかった。
だが、俺は踏み込まない。
ここで殴れば、終わるものがある。だが始まるものもある。リリィを連れて逃げるには、子供の列が邪魔になる。邪魔、と思った瞬間に腹が立つ。子供が邪魔であっていいわけがない。
だから今は、飲み込む。
代表は白い箱へ視線を向けた。
「リリィの反応札は、こちらで預かりましょう。後ほど正式に――」
「預けない」
俺は言った。
記録係が困った顔をする。
「先ほどから、それは手順上」
「本人確認は今した。名も言った。連れもいる。勝手に箱へ入れる理由はない」
「反応ありは白札確認へ」
「確認したのがその白い手袋だろ」
代表の手袋を見る。
「なら、もう見たな」
少しの沈黙。
バランがそこで、派手に手を打った。
「ひとつ聞こう」
場の視線が一斉にそちらへ向く。
やる気だ。
バランは笑顔を作っていた。腹立つほど整った、見世物向きの笑顔だ。
「これは救済かな。それとも選別かな」
砦番が顔色を変える。
「バラン様、場を乱さないでいただきたい」
「乱しているのは、子供の名を消す手順の方じゃないかな」
兵の視線がバランへ動く。砦番も、記録係も、白い巡礼団の大人たちも。
その一瞬で、ベルニーが荷車の方へ目を走らせた。
俺はリリィを半歩下げる。
「下がれ」
「うん」
代表はバランへ向き直った。
「子供を救うために、整えた手順が必要なのです」
「それは素晴らしい。では、名前を返す時に、本人が拒んだらどうするのかな」
「子供は、自分に必要なものを知らないことがあります」
「大人もよく知らないよ。ぼくを見ればわかるだろう?」
こんな時に自分を使うな。
だが、場は少し乱れた。
ベルニーが短く言う。
「荷車、裏」
「行き先は」
「鳴り砂」
エイヴァが俺の肩で息を吸った。
「……嫌な谷だねえ」
「知ってるのか」
「鳴り砂の谷は、音と魔力の揺れを拾う場所だよ。普通に歩くだけでも足を取られる。反応持ちの子供を連れて入るなら、ろくな目的じゃないね」
リリィが小さく言った。
「そこに、子供たちを?」
ベルニーが頷く。
「反応した子だけ、荷車側。白い箱も積む」
白い巡礼団の大人たちが、子供の列を静かに整え直している。代表はバランと砦番を相手にしながら、こちらを見ていないふりで見ている。
油断がない。
優しい顔のまま、全部測っている。
代表が手を上げた。
「本日の確認はここまでにしましょう。子供たちが疲れてしまいます」
「疲れさせたのは誰だ」
俺が言うと、代表は柔らかく笑った。
「長旅ですから」
「便利だな、旅は」
「ええ。人を変えます」
「子供の名前まで変えるな」
代表は答えなかった。
去り際、代表は俺の斧を一度だけ見た。
怖がってはいない。
邪魔なら、あとで処理する。そんな目だった。
リリィの反応札は、記録係の手元に残った。白い箱へは入らない。完全に守ったわけじゃない。記録はされた。反応も見られた。だが、少なくとも今、白い巡礼団の箱には入っていない。
小さな勝ちだ。
小さすぎて、腹が立つ。
代表がリリィへ視線を向ける。
「怖がらなくてよいのですよ、リリィ」
名前を呼んだ。
それだけで、リリィの肩が震える。名前を呼ばれたのに、安心できない。名前を使われることもあるのだと、今わかった顔だった。
「いずれまた、確認しましょう」
「させない」
俺が言うと、代表は白い手袋の指を胸元へ添えた。銀糸の欠けた翼が、朝の光を受けて細く光る。
「あなたが決めることではありません」
「リリィが決める」
代表の目が、ほんの少しだけ細くなった。
リリィは震えながらも、俺の後ろで言った。
「わたしが、決めます」
小さい。
でも聞こえた。




