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流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


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第15話-1◆声を殺す

 白い巡礼団は、朝の光を受けても汚れていなかった。


 山道を越えてきたはずだ。砦裏の荷捌き口に荷も入れている。子供も連れている。それなのに、大人たちの白布には泥が少ない。靴の縁まで拭かれている。


 清潔すぎる旅人は、だいたい信用できない。


 俺たちは外郭から門前へ出され、確認列の端に並ばされていた。


 前には砦番。横に兵。少し離れて、白い巡礼団。背後には、留め置き区画から出された連中が不安そうに立っている。鈴を抱いた女もいた。あの女は、さっきから子供の列だけを見ている。


 リリィは俺の外套の端をつかんでいた。


 昨日の夜なら、止めたかもしれない。


 今は止めない。


 代わりに、俺は半歩だけ前に出る。リリィと白い巡礼団の間に体を置いた。エイヴァはリリィの肩でふくらんでいる。眠そうなのに、羽は逆立っていた。


 砦番が白い巡礼団の代表に頭を下げる。


「お待ちしておりました」


「こちらこそ、朝早くから恐れ入ります」


 柔らかい声だった。


 昨夜、荷捌き口の奥から聞こえた声と同じだ。男とも女ともつかない。丁寧で、澄んでいて、それだけで気に障る。


 白い巡礼団の代表は、白い手袋をしていた。


 右手の甲に、銀糸の欠けた翼が縫い込まれている。


 あれだ。


 俺は覚えた。声、手袋、歩幅、兵が背筋を伸ばす間。全部。


 バランは門の内側に立っていた。通行札を持っているせいで、俺たちより扱いはいい。だが、笑っていない。珍しい顔だ。


 ベルニーはその隣で、子供たちの足元を見ていた。頭巾ではなく、足を見るあたりがベルニーらしい。


 白い巡礼団の後ろには、子供たちがいた。


 深い頭巾。白い外套。小さな手。揃った歩幅。


 揃いすぎている。


 子供は普通、あんなふうには歩かない。小石を踏めば跳ねる。隣を見れば遅れる。知らない場所なら顔を上げる。怖ければ足が止まる。


 なのに、あの列は静かだった。


 鈴が、小さく鳴った。


 リリィの手が外套を強くつかむ。


「グローさん」


「ああ。聞こえた」


 留め置きの女が、前へ出ようとした。


「待って。あの音、うちの――」


 兵が槍の柄で前を塞ぐ。


「下がれ。確認中だ」


「でも、あれは」


「下がれ」


 女の顔が歪む。泣き声は出ない。声を出したら、そのまま崩れるのがわかっている顔だった。


 その視線が、子供の列から離れない。


 俺はその目を見てしまった。


 今すぐ返せとは言えない。言ったところで、返さない。力で奪えば、最初に槍が向くのは子供たちだ。


 わかっている。


 だから、余計に腹が立つ。


 リリィがそちらを見る。


 俺は低く言った。


「リリィ」


「……はい」


「今は見る」


「うん」


 白い手袋の代表が、女を見た。責める顔ではない。むしろ、労わるような顔だ。


「ご心配でしょう。ですが、子供たちは保護巡礼の手順の中にいます。確認が済めば、整えられた名で呼べるようになります」


 女が息を止めた。


 リリィの手も震えた。


 俺は代表を見る。


「整えるな」


 兵の視線がこちらに向く。


 代表は俺へ顔を向けた。穏やかな笑みは崩れない。


「あなたが、危険値九十八の連れの方ですね」


「グローだ」


「記録では確認しています」


「記録じゃなく、目の前で聞いたなら覚えろ」


「失礼しました。グローさん」


 さん、が気持ち悪い。


 俺が黙ると、バランが少しだけ肩をすくめた。茶化す場面ではないとわかっているらしい。やれば少し見直したかもしれないが、やらないのも悪くない。


 砦番が咳払いした。


「確認を始めます。白い札の方、お願いします」


「はい」


 白い手袋の代表は、子供たちへ向き直った。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。昨日と同じです。三つ数えるだけですから」


 昨日と同じ。


 リリィが小さく呟く。


「昨日も、やってる……」


「その前もだろうな」


 エイヴァが低く言った。


「優しい声でやるから、余計にたちが悪いね」


 確認列は、門前から砦壁沿いへ移った。


 兵が俺たちを促し、白い巡礼団の子供たちを反響壁の前へ並べる。反響壁と呼ばれているのかは知らない。だが、そこには古い線が刻まれていた。


 欠けた翼に似た線。


 井戸底の記録盤に似た溝。


 ところどころ苔と泥で隠れているが、線の奥だけが妙に白い。


 リリィの布を巻いた手が、胸元で小さく疼いた。


「痛いか」


「痛い、というより……近いです」


「何が」


「わかりません。でも、近い感じがします」


 俺は壁とリリィの間に立った。


 代表が子供の一人を前へ出す。小柄な子だ。頭巾の下から頬だけが見えた。目は伏せられている。


「さあ、三つ数えましょう」


 子供は小さな声で言った。


「ひとつ」


 壁の溝が低く震えた。


「ふたつ」


 鈴が微かに震える。


「みっつ」


 壁の白い線が、一瞬だけ細く浮いた。


 代表の白い手袋が、子供の肩にそっと置かれた。


「よくできました」


 優しい声。


 その横で、記録係が札を分ける。白い箱。黒い箱。薄い木札。点が一つ、二つ、三つ。


 子供は名前を言わない。


 誰も名前を呼ばない。


 リリィの顔色が悪くなる。


「あれ、確認じゃないです」


「ああ」


「測ってる」


「ああ」


 エイヴァがリリィの肩で小さく丸まった。


「器を見てる。どれだけ響くか。どこに引っかかるか。昔の連中が好きだった手順だよ」


「知ってるのか」


「知りたくなかったことをね」


 俺は壁を見る。


 壊すなら、どこからか。


 線の根元。白い箱。代表の手袋。記録係の机。兵の槍。子供の列。


 全部同時には無理だ。


 今ここで壁を割れば、槍が子供に向く。グローが暴れた、危険値九十八が暴れた、そう記録される。リリィはもっと強く管理される。


 俺は斧の柄に触れない。


 触れないことが、今は一番きつい。


 次の子供が前へ出る。


 その子の鈴は、昨夜の鈴と似た音を出した。


 留め置きの女が、喉の奥で声を殺す。


 その声にならない音が、俺の背中に残った。


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