第14話-4◆朝の門
外郭留め置きに戻る道で、誰も余計なことを言わなかった。
バランでさえ、しばらく黙っていた。珍しい。よほど気に入らなかったのだろう。
途中でベルニーが短く言った。
「朝。白い巡礼が来る」
「わかるのか」
「荷が増えた。兵が門を空ける準備をしてる」
「人数は」
「大人は見える。子供は布の中」
そうだろうな。
外郭へ戻ると、留め置かれていた連中の何人かが目を覚ましていた。空の毛布を抱いた女も顔を上げる。
リリィは布に包んだ鈴を胸元に抱えた。
女がそれを見る。
目の色が変わった。
「それ」
リリィは止まった。
俺はすぐ間に入れる位置に立つ。だが、女は飛びかからなかった。ただ、毛布を強く抱きしめる。
「うちの子の……鈴」
リリィの唇が震えた。
「落ちてました。砦裏に」
女は両手で顔を覆った。泣き声は出ない。喉の奥だけが震えている。泣くことさえ、誰かに止められているみたいだった。
リリィは鈴を差し出そうとして、俺を見る。
「渡していい?」
「布ごとだ」
「うん」
リリィは布に包んだまま、鈴を女へ渡した。女はそれを受け取り、毛布の端に押し当てた。そこにあったはずのものが、少しだけ戻ったみたいに。
だが、子供は戻らない。
リリィはその場で立ち尽くした。
俺は水袋を出す。
「座れ」
「……はい」
「飲め」
「はい」
素直すぎる。危ない。
リリィは壁側に座り、水を一口飲んだ。エイヴァは膝の上に落ちるように降りた。今度こそ眠そうだ。羽も少し乱れている。
「エイヴァ」
「寝るよ。言われなくてもね」
「助かった」
エイヴァは片目を開けた。
「珍しいじゃないか」
「事実だ」
「そうかい」
エイヴァは小さく笑い、丸くなった。
リリィは白線のある手を見ていた。
「わたしも、名前じゃなくて、反応で呼ばれるんでしょうか」
「呼ばせない」
「でも、向こうは」
「向こうがどう呼ぼうが、おまえはリリィだ」
リリィが息を止めた。
俺は続ける。
「少なくとも、俺の前ではそうだ」
「グローさん」
「何だ」
「……今の、ちゃんと覚えておきます」
「変な言い方だな」
「でも、忘れたくないです」
エイヴァが目を閉じたまま言った。
「その通りだね。珍しく、言い方も悪くない」
「珍しくは余計だ」
「余計を言うのがアタシの仕事だよ」
ベルニーが入口の近くへ戻ってきた。手には小さな木片がある。どこかの札から欠けた端かもしれない。
「朝、門前に並ばされる」
「俺たちもか」
「たぶん」
「バランは」
外の方から、聞き慣れた声が響いた。
「ぼくは客人として扱われるべきだと思うのだけれどね!」
兵の怒鳴り声が続く。
「夜中に勝手に歩き回る客人があるか!」
「つまり、ぼくは砦に馴染んできたということかな」
「違う!」
リリィが思わず小さく笑った。
重い空気に、少しだけ穴が開く。
ベルニーは表情を変えずに言った。
「元気」
「見ればわかる」
「見なくてもわかる」
「それもそうだ」
夜明け前、砦の中が動き始めた。
兵の足音。荷車の軋み。白布を運ぶ音。門の木戸を引く低い音。外郭の石壁にも、またあの遅れた反響が走る。
リリィは眠っていなかったが、目は伏せていない。
エイヴァは眠そうにしながらも肩へ戻った。
「落ちるなよ」
「落ちないよ」
言った直後、少しよろけた。
俺は手を出す。エイヴァは俺の手の甲に乗り、悔しそうに羽を整えた。
「……着地を少し間違えただけだよ」
「今日は一回目だ」
「数えるんじゃない」
リリィが小さく笑う。昨日より少しだけ、笑い方が疲れている。だが、笑えている。
外郭の扉が開いた。
「確認列へ出ろ」
兵が言った。
俺は荷袋を背負い、リリィを壁側から立たせた。
「歩けるか」
「うん」
「足」
「痛いけど、歩けます」
「手」
「変です。でも、見ます」
「そうか」
俺はリリィの前に立つ。
「行くぞ」
兵に促され、俺たちは外郭を出て、朝の冷えた石畳を門前へ歩いた。
砦の門前には、白い巡礼団が並び始めていた。
大人たちは清潔な白布をまとっている。旅をしているはずなのに、汚れが少ない。顔は穏やかで、声は低く、兵に対しても礼儀正しい。だからこそ、気持ち悪い。
子供たちは、その後ろにいた。
深い頭巾。白い外套。小さな手。揃えられた歩幅。
鈴の音がした。
小さく、かすかに。
リリィの体が止まる。
「グローさん」
「ああ」
「今の音」
「聞こえた」
留め置き場の女が、背後で立ち上がりかけた。兵がそれを止める。女は声を出さない。ただ、毛布を抱きしめ、子供たちの列を見ている。
エイヴァの羽が逆立った。
「来たね。祈りの顔をした、測る連中だ」
白い巡礼団の代表らしい人物が、砦番へ深く頭を下げた。
顔は穏やかだった。声も柔らかかった。
「お待たせしました。保護巡礼の確認に参りました」
砦番が丁重に応じる。
兵たちは列を整える。
バランは門の内側で、珍しく笑っていなかった。ベルニーは子供たちの足元、兵の位置、荷車の影を順に見ている。
俺はリリィの前に半歩出た。
白い巡礼団は、礼儀正しく砦に迎えられている。
俺たちは、まだ何も壊していない。
だが、もう何も知らないままではなかった。
俺は斧の柄に指をかけ、すぐには抜かない位置で握り直した。
リリィの手は、俺の外套の端をつかんでいる。
今度は、止めなかった。




