第14話-3◆鈴
俺たちは兵二人に挟まれ、白い箱を抱えた記録係の後ろについて記録廊を抜けた。
砦裏の荷捌き口は、記録廊より冷えていた。
石壁の一部が大きく開き、外から荷車を入れられるようになっている。昼間なら見晴らしがいいのだろう。今は夜の山風が吹き込み、白い布が積まれた荷の端を揺らしていた。
白布。毛布。小さな水筒。深い頭巾付きの外套。白い飴の包み紙。
子供のための物が、子供なしで並んでいる。
リリィの肩が強張った。
「見ろ。触るな」
俺が言うと、リリィは頷いた。
「うん」
エイヴァは肩から降りようとして、途中でやめた。兵が見ているからだ。代わりに首だけ伸ばす。普通の小鳥にしては目つきが悪い。
記録係は白い箱を荷台の端に置いた。そこにはすでに、同じような箱が二つあった。片方は白。片方は古い黒。白い箱の方が新しい。
エイヴァが小さく息を吸った。
「新しい箱に、古い手順かい」
「わかるのか」
「嫌なものは、形を変えても匂いが似るんだよ」
リリィが荷の陰を見た。
「グローさん」
「ああ?」
「あれ」
白布の下、石の継ぎ目に、小さなものが落ちていた。
鈴だ。
子供の指先ほどの小さな鈴。古びているが、割れてはいない。紐が切れている。紐の端には、毛布に縫い付けられていたような糸の残りがあった。
留め置き場の女が抱いていた空の毛布。あれの端にも、何かを縫い付けていた跡があった。
リリィが一歩出ようとした。
「触るな」
俺は低く止めた。
リリィの足が止まる。
「でも」
「布越しだ。先に手を出すな」
「……うん」
俺は荷袋から古い布切れを出し、リリィへ渡した。
「拾えるか」
「はい」
「怖ければ俺が拾う」
リリィは首を横に振った。
「わたしが見つけました」
「なら、ゆっくりだ」
リリィはしゃがみ、布越しに鈴を拾った。指が少し震えている。だが、勝手に飛びつかなかった。
それだけで十分えらい。
エイヴァが肩から小さく身を乗り出す。
「見せてごらん」
リリィが布を開きかける。
「開きすぎるな」
「はい」
鈴の内側に、白い点が一つ刻まれていた。
名前ではない。
印だ。
リリィの顔が歪んだ。
「名前の代わりに、点をつけてる」
「そうかもしれん」
「この子、名前あるのに」
「ああ」
声が低くなった。
俺のじゃない。リリィの声だ。
エイヴァはくちばしで羽を一枚抜いた。小さく顔をしかめる。抜いた羽を鈴の上に落とし、ほんの少しだけ光らせた。
鈴の白い点が、薄い羽に包まれる。
「何をした」
「触れたものの響きを、少し鈍くしただけさ。持っている間に変な反応を拾われると面倒だからね」
「大丈夫か」
「小鳥の羽一枚だよ」
エイヴァは胸を張ろうとして、少しふらついた。
リリィが慌てて支える。
「大丈夫じゃない」
「大丈夫と言ったろう」
「嘘です」
「子供は鋭いねえ」
「寝ろ」
俺が言うと、エイヴァは不満そうに目を細めた。
「まだ寝ない。嫌な声がする」
その言葉の直後、荷捌き口の奥の扉が開いた。
中から光が漏れる。強くない。白い布を通したような、柔らかい光だ。
記録係が姿勢を正した。兵も同じように背筋を伸ばす。さっきまでの面倒そうな顔が消えた。
扉の向こうから、男とも女ともつかない穏やかな声がした。
「夜分に手間をかけました」
丁寧な声だ。
丁寧すぎて、肌の下を撫でられるような気持ち悪さがある。
記録係が白い箱を持って奥へ入る。扉は半分だけ開いたまま。中の顔は見えない。
白い袖だけが少し見えた。
その手には白い手袋がはめられていた。甲のあたりに、銀糸で小さく欠けた翼の印が縫い込まれている。
飾りにしては細かい。
印にしては、見せる場所がいやらしい。
「耳長の子供。白線反応あり。連れは危険値九十八。本人確認は明朝へ保留」
記録係が読み上げる。
白い声が、少しだけ楽しそうに響いた。
「本人が保留を望んだのですか」
「連れが強く」
「なるほど。よく守る連れですね」
俺は扉の隙間を見た。
足音。扉の位置。兵の反応。声の高さ。呼吸の間。白い手袋。銀糸の欠けた翼。
覚える。
白い声は続けた。
「耳長の子供。白線あり。片側の反応が残る。……よく響きそうですね」
リリィの手が震えた。
俺はリリィの前へ半歩出る。
「おまえを音みたいに言わせるな」
リリィは小さく息を吸った。
「……うん」
エイヴァが肩で羽を逆立てている。珍しく、茶化さない。
白い声は、俺たちの方に気づいたようだった。
「そこにいるのですか」
兵が慌てて槍を構える。
バランが、少し離れた場所で軽く笑った。
「正規通行者の見学です。夜の砦は働き者ですね」
「バラン様。お静かに」
「様と呼ぶなら、もう少し丁寧に頼みたいね」
バランが余計な声を出す。だが、そのおかげで、白い声の意識が一瞬こちらから逸れた。
腹は立つが、役に立つ。
扉の向こうの白い声が穏やかに言った。
「構いません。明朝、保護巡礼の確認列に同席させましょう。反応のある子供は、怯えさせず、丁寧に扱ってください」
丁寧。
扱う。
まただ。
俺は奥歯を噛んだ。
「声を覚えておきな、グロー」
エイヴァが小声で言った。
「ああいう丁寧な声ほど、子供を数で呼ぶ」
「覚えた」
白い箱が奥へ運ばれる。扉が閉まりかける。
その直前、白い声がもう一度言った。
「名前は、確認後に整えます」
リリィの肩が跳ねた。
俺の手は、斧の柄にはなかった。
なかったから、まだ抜かなかった。
兵が俺を見る。記録係も見る。ベルニーも入口からこちらを見ていた。全員が、今、俺が動くかどうかを待っている。
動かない。
まだだ。
俺はリリィの前に立ったまま、低く言った。
「戻るぞ」
リリィは頷いた。声は出なかった。




