表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/96

第13話-2◆白線反応

 リリィは布を巻いた手を押さえている。白い線が疼いたのかもしれない。


 俺は一歩前へ出た。リリィと石柱の間に体を置く。エイヴァは普通の小鳥の顔を作った。今さらだが、敵前では便利な顔だ。


「列に並ぶのかい」


「様子を見る」


「その顔で様子見は難しいねえ」


「顔は置いてこられん」


「残念だ」


「鳥が一番失礼だな」


 砦前の列は三つに分かれていた。旅人、商人、巡礼。巡礼の列だけ、やけに進みが早い。荷の中身を見せる時間も短い。白い布を巻いた代表者が札を出し、記録係がそれに印を押す。子供の姿もあるが、深い頭巾で耳や顔はよく見えない。


 表道側には、見覚えのある靴跡がいくつかあった。


 深く踏まない。泥を避ける。見栄えを気にしているくせに、足運びだけは妙に軽い。バランのものだ。


 その横に、もっと細い跡がある。迷いがない。ベルニーだ。


「先に着いてるか」


「いないみたいです」


 リリィが列の先を見て言った。


「あいつが先に着いていたら、もっと騒がしい」


「それ、少しわかります」


「覚えなくていい」


 つまり、表道でも何かあった。あいつらがまだここにいないなら、通れたか、別の列で止められているか。どちらにしても、こちらの問題は消えない。


 俺は巡礼列から目を離さずに、旅人の列へ回った。


 すぐに兵の一人がこちらを見た。目が止まる。豚鼻顔、牙、斧、鎖帷子。見慣れた順番で警戒が組み上がっていく。


「止まれ」


「止まってる」


「登録証と通行札」


「通行札はない。登録証はある」


 俺は冒険者登録証を出した。兵は受け取ったが、俺の顔から目を離さない。隣にいた記録係が札を覗き込み、眉を寄せた。


「グロー。冒険者登録あり。三差路の町で赤札……危険値九十八」


 周囲の空気が少し固くなる。


 またか。


 数字は足が速い。俺より先に山を越えている。


 リリィが俺の外套の端をつかみかけ、途中で止めた。止めたことは褒めていい。つかみたい顔をしているのは、見なかったことにする。


 兵が槍の柄を握った。


「危険値九十八の者は、正規通行不可だ。保証人か上役の確認がいる」


「保証人はいない」


「なら通せん」


「追い返すのか」


「それもこちらで決める」


 面倒な言い方だ。追い返すでも通すでもなく、こっちを手続きの上に置きたい顔だ。


 記録係の目がリリィに移った。


「その子は?」


「連れだ」


「登録は」


「冒険者登録あり。獣魔も登録している」


 俺が言うと、リリィは小さく頷いた。エイヴァはリリィの肩で「ぴ」と鳴く。普通の小鳥としては上出来だ。中身を知っていると腹立たしい。


 記録係はリリィを見た。長い耳、薄い外套、疲れた靴。俺を見る時とは違う目になった。警戒ではなく、分類する目だ。


「子供は別だ。危険値が低いなら、保護巡礼扱いで先に通せる」


 リリィの指が、外套の端を握った。


 俺は一拍置いた。怒鳴るより先に、周囲を見る。兵の数、槍の向き、逃げ道、リリィの位置。巡礼列の白い布。記録台の上の札。


「通さない」


 俺は短く言った。


 記録係が顔を上げる。


「まだ説明の途中だ」


「聞く必要がない」


「子供を危険値九十八の者と一緒に留める方が問題だ」


「その言い方で連れていった子供は、何人いる」


 記録係の表情がほんの少し止まった。兵の槍がわずかに上がる。


 リリィが前に出かけたので、俺は手で止めた。強くはない。袖を軽く押さえるだけだ。


 リリィは俺を見上げた。


「グローさん」


「ああ」


「わたしだけは、いやです」


 声は小さかった。けれど、周りに聞こえるだけの強さはあった。


 記録係がリリィを見る。兵も見る。巡礼列の白い布の何人かも、こちらへ顔を向けた。


 リリィの肩が少し震える。


 俺は低く言った。


「言えたなら上出来だ」


 リリィは一瞬だけ目を丸くした。怖がっていた顔に、少しだけ別の色が混じる。認められた時の、固まる癖だ。


 エイヴァが小さく「ちちっ」と鳴いた。笑うな。いや、少しならいい。


 記録係は咳払いした。


「では、確認を取る。子供の手を記録台へ」


「触らせない」


「手順だ。危険値を測る石とは違う。通行記録に反応が残るか見るだけだ」


「余計悪い」


 兵が一歩寄った。


「拒めば、砦前での不審行動として拘束する」


 俺は兵の足を見た。踏み込みが浅い。怖がっている。だが、怖がっている兵ほど槍を突き出すのが早い。ここで力を見せれば、リリィも巻き込まれる。


 リリィが俺の袖を引いた。


「グローさん。わたし、触ります」


「だめだ」


「でも、拒んだら捕まるんですよね」


「捕まる前にどうにかする」


「それは、たぶん、砦が壊れます」


「少しだ」


「少しでもだめです」


 真面目な顔で言うな。


 リリィは布を巻いた手を見た。怖い顔だ。だが、逃げる顔ではない。


「見ていてくれますか」


「ああ」


「だいじょうぶじゃなかったら、言います」


「先に言え」


「先に?」


「嫌なら、触る前に言え」


 リリィは少しだけ考えて、首を横に振った。


「嫌です。でも、見たいです」


 面倒だな。


 正しいことを、危ない形で言う。子供はいつもそれをする。


 俺は記録台を見た。大人の腰ほどの高さの石板だ。三差路の町の測り石ほど大きくはない。表面には黒い線が走り、その間に古い傷のような白い溝がある。文字ではない。絵でもない。通ったものをどこかへ引っかける罠に見えた。


「片手だけだ。布は外さない。何か起きたらすぐ離す」


 記録係が渋い顔をした。


「本来は素手だ」


「なら本来じゃなくていい」


「規則が」


「子供が倒れたら、おまえが持つのか」


 記録係は黙った。


 持てるわけがない。責任も、体も。


 俺はリリィの横に立った。リリィが布を巻いた手をそっと記録台に近づける。触れる寸前、エイヴァがリリィの肩から跳ね、俺の腕に移った。


「何かあれば、手を弾くよ」


「できるのか」


「くちばしはある」


「頼りないな」


「ないよりましだろう」


 リリィの指先が、布越しに石へ触れた。


 音はなかった。


 だが、空気が遅れた。


 井戸底で聞いた、あの嫌な遅れ。声でも鐘でもない。胸の奥で水が揺れるような感じ。


 布の下で、リリィの白い線が細く強まった。光った、というより、石に引き写されたように見えた。


 石板の溝が、それを待っていたみたいに淡く灯る。


 リリィの肩が、小さく跳ねた。


 俺は反射で手を伸ばしかけ、止めた。ここで乱せば、石より先に兵が動く。


 だから、見る。


 覚える。


 あとで壊すなら、どこから壊せばいいかまで。


 記録係が息を止めた。


「白線反応……」


 兵の一人が、手元の木札を落としかける。


 記録係はすぐに炭筆を取った。手順に慣れている。意味を知っている顔ではない。知らないが、書くべき欄だけは知っている顔だ。


「耳長の子供。白線反応あり。連れは赤札、危険値九十八。再確認」


 俺はリリィの手を取って石から離した。


 リリィの膝が少し抜ける。俺は肩を支えた。


「言え」


「……いやな感じ、しました」


「遅い」


「ごめんなさい」


「謝るところじゃない」


 リリィは俺の腕をつかみながら、浅く息をした。布の下の白線は、また薄くなっていく。だが消えない。


 エイヴァが羽をふくらませた。


「この砦、壁が長い測り石みたいなものだねえ。通るだけで拾う気だ」


「ここで言うな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ