表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/96

第02話-1◆腹が減ったままの朝

 夜明け前の柵の中は、町の外というより、町が吐き出した息だまりみたいだった。


 湿った土の匂い。古い焚き火の灰。誰かのいびき。壁の向こうから漂ってくる焼きたてのパンの匂い。腹が減っている時に嗅ぐには、性格の悪い匂いだ。


 俺は壁に背を預けたまま、目だけ開けた。


 寝た気はしない。右手は斧の柄に届く位置に置いたまま。左側には荷袋。膝の近くにはリリィ。外套の内側に丸まって、細い肩を小さく上下させている。


 その外套の端で、白い毛玉がさらに丸くなっていた。


「……おい」


「ぴ」


「起きてるだろ」


「ぴるる」


「普通の小鳥は、寝ぼけたふりで誤魔化さない」


 エイヴァが片目だけ開けた。小鳥のくせに、目つきだけ妙に年寄りくさい。


「君ねえ、年寄りを夜番に使っておいて、朝一番に文句かい」


「年寄りなら、朝は早いだろ」


「見た目は一歳の小鳥だよ。いたわりな」


「都合で歳を変えるな」


 エイヴァはふくらんだまま、くちばしで羽を整えた。昨日の夜、少しだけ生活魔法でリリィの指先を温めていたせいか、まだ羽がしぼみ気味だ。


 俺は柵の外へ目をやる。


 危険者待機柵の見張りは、眠そうな門番に交代していた。壁の向こうの門はまだ開いていない。だが、露店の連中は早い。町に入れない者相手に、水や固いパンを割高で売る商売だ。人が困っているところに値段を乗せる腕だけは、どこの町も上手い。


 荷袋の中には、昨日の泥牙猪の魔石が一つ。


 大した額にはならない。食料と水を少し買えば終わる。子供用の靴も、服も、宿も、夢の向こうだ。


 俺は右耳の欠けをかいた。


「面倒だな」


「朝からそれかい。景気がいいねえ」


「景気がよければ言わん」


 リリィが外套の中で小さく動いた。


「……グローさん?」


「起きたか」


「うん。……ここ、まだ柵?」


「まだ柵だ」


 リリィは寝ぼけた目で周りを見て、少しだけ肩を落とした。けれど、すぐに顔を上げる。いい子の顔を作ろうとしている。


 そういう顔は、だいたい危ない。


「だいじょうぶです」


「聞いてない」


「先に言いました」


「先に言うな。余計怪しい」


 リリィは少し困った顔をしたあと、外套を両手でたたんで俺に差し出した。


「ありがとう。あったかかったです」


「ああ」


「グローさんは寒くなかった?」


「寒いより腹が減った」


「それ、昨日も言ってました」


「昨日から減ってる」


 リリィが小さく笑った。


 その顔を見てから、俺は立ち上がった。膝が鳴る。壁にもたれて寝るのは慣れているが、子供と小鳥を内側に置いて寝るのは慣れない。意識が外へ向きっぱなしで、肩が重い。


 柵の出入口には門番がいた。


「出るぞ」


「日中だけだ。赤札持ちは門から離れすぎるなよ」


「露店までだ」


「町に入れるわけじゃねえからな。保証人か預かり金が出るまで、おまえは柵の客だ」


「客の扱いじゃないな」


「だから揉めるなよ」


「相手次第だ」


「揉める気じゃねえか」


 門番は嫌そうに木戸を開けた。


 危険者待機柵は、一晩待てば町に入れる順番待ちではない。金か保証人か、役場の気まぐれでも出ない限り、赤札持ちは門の外に置かれたままだ。


 俺が外へ出ると、近くにいた流れ者たちが自然と距離を取った。昨日、丸太を片手でどかしたのは効いたらしい。便利だ。礼儀より早い。


 リリィは俺の少し後ろを歩く。靴の先が傷んでいる。昨日より泥が増えた。そろそろ本当に限界だ。


 エイヴァはリリィの肩で丸くなり、首だけ左右に動かしている。普通の小鳥のふりをしているが、見ている場所が露店の品より人の手元ばかりだ。


「水。黒パン。できれば針と糸」


「靴は?」


 リリィが訊いた。


「今日は無理だ」


「うん」


 返事は素直だが、視線は露店の端に吊るされた子供靴へ一瞬だけ行った。茶色の小さな靴。中古だが、今のリリィの靴よりはずっとましだ。


 俺は見なかったふりをした。


 見なかったことにしないと、足がそっちへ向く。足が向いても金がない。金がないのに値段を聞けば、余計に腹が立つ。


「まず水だ」


「はい」


「あと、おまえは変な商人の言うことを信じるな」


「変な商人って、どう見分けますか」


「目が笑っていて、手が忙しいやつ」


「バランさんみたいな?」


「違う。あれは全身が忙しい」


 リリィが真面目に考え込んだ。


「全身が忙しい……」


「覚えなくていい」


 エイヴァがリリィの肩で小さく「ちちっ」と鳴いた。笑ったな。


 露店の一つで、泥牙猪の魔石を見せる。


 店主は髭の薄い中年男だった。片目が細い。置いてあるのは硬そうな黒パン、干し肉、水袋、古びた針、糸、割れた皿、用途のわからない金具。町に入れない連中向けの、ごみと生活必需品の境目だ。


「泥牙猪か。小さいな」


「大きさは見ればわかる。値を言え」


「銅貨四枚」


「六」


「この傷で?」


「魔石に傷はない」


「泥臭い」


「匂いで使うのか」


 店主は鼻を鳴らした。


「五枚。水袋なしならな」


「水をつけろ」


「なら四枚」


「パン二つ、水、針と糸。銅貨は残りでいい」


「足りねえよ」


「猪に追われたやつが町の方へ走ってる。昨日の夕方あたりだ。門前で騒ぎが出る前に柵の外を片付けたいなら、見張りに言っとけ」


 店主の目が少し動いた。


 リリィが見つけた足あとだ。使えるなら使う。情報も売り物だ。


「……子供の足か?」


「小さい。つま先が外を向いてた。急いでる」


 リリィが小さく付け足した。


 店主は初めてリリィをちゃんと見た。長い耳、傷んだ服、疲れた顔。それから俺を見る。


「その子が見たのか」


「ああ」


「へえ。目がいいな」


 リリィは少し固まった。褒められると弱い。


 俺は店主の手元を見た。


「で?」


「黒パン二つ、水一つ、針と糸。銅貨一枚返し」


「二枚」


「一枚だ」


「水袋の底に泥がなければ一枚でいい」


 店主は嫌な顔をした。


「おまえ、見た目より細かいな」


「見た目で金勘定するやつは早死にする」


「物騒な教訓だ」


 黒パン二つ。水袋。針と糸。銅貨一枚。


 少ない。


 だが、昨日よりはましだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ