第01話-4◆明日の理由
リリィは干し肉をかじり、少しだけ眉を寄せた。固いからだ。怖いからではない、と本人は言いたいのだろう。だが、細い肩にはまだ力が入っている。
俺は外套を外し、泥の少ない内側をリリィへかけた。
「汚れてます」
「外よりましだ」
「グローさんは寒くない?」
「寒い前に腹が減ってる」
リリィが困った顔をして、それから干し肉をもう一度差し出してきた。
「じゃあ、少し」
「食えと言った」
「でも、半分」
押し問答をしている余裕はない。俺は差し出された端をほんの少し噛み取った。
リリィの顔が、ぱっと明るくなる。
勝ったと思っている顔だ。
……まあ、いい。
「一回だけだ」
「うん」
「次は食え」
「うん」
エイヴァが丸くなって、眠そうに目を細めた。
「君たち、食べ物一つで大仕事だねえ」
「金がないからな」
「知ってるよ。今日も貯まらないねえ」
「明日は貯める」
「その前に使うだろうね」
「言うな」
町の門では、まだ石板が人を測っていた。
低い数字なら中へ。高い数字なら外へ。変な反応が出れば、門番が炭筆で木札に書く。ずいぶん便利な石だ。人が考えずに済む。
リリィは外套の中で丸くなり、干し肉を大事そうに食べ終えた。眠気が来たのか、何度もまばたきしている。
「グローさん」
「ああ」
「わたし、変じゃない?」
俺は少しだけ言葉を選んだ。
選んで、失敗した。
「石よりはましだ」
リリィが目を丸くする。エイヴァが「ちちっ」と笑う。
俺は右耳の欠けをかいた。
「……悪い。言い方が悪かった」
「ううん」
リリィは外套の端を握り、今度はちゃんと笑った。
「石よりましなら、よかった」
「そこは真に受けるな」
「でも、グローさんが言った」
「面倒だな」
けれど、その顔ならいい。
門の奥、石板の表面に灯りが当たった。
遠目にも、白い筋がほんのかすかに残っているのが見えた。欠けた羽か、割れた輪か。文字ではない。読めない。だからこそ、余計に腹に残る。
エイヴァも見ていた。
丸い小鳥の顔から、いつもの小言が消えている。
俺は斧の柄に手を置き、壁に背を預けた。町には入れなかった。金もない。食料も薄い。寝床は柵の隅。
だが、わかったことが一つある。
この町の石は、リリィに何かを見た。
門番は意味を知らない。けれど、日報には残る。珍しい反応。危険値一。欠けた紋様。
その紙がどこへ行くかは、まだわからない。
なら、明日やることは決まっている。
俺は門を見たまま、低く言った。
「石に値札をつけられっぱなしは、腹に来るな」
エイヴァが片目を開ける。
「おや。やる気かい?」
「寝てからだ」
「賢いじゃないか」
「食ってないから動きたくないだけだ」
リリィが外套の中で小さく笑う。
町の灯が、壁の上に一つずつともっていく。
俺たちはその外側にいた。
それでも、明日は門を見るだけでは終わらない。
まずは食い物と水。
それから、あの石がリリィに何を見たのかを調べる。
金はない。宿もない。腹も減っている。
だが、進む理由だけは、向こうから勝手に出てきた。
石が勝手につけた値札を、俺たちがそのまま持って歩く義理はない。




