第01話-3◆清らかな危険値と柵
その時、列の後ろから明るい声がした。
「おや。ずいぶん賑やかな門だね」
人の視線が割れた。
金髪の若い男が、軽い足取りで近づいてきた。鎧は磨かれている。腰の剣も飾りではない。顔がいい。腹立たしいくらい、町の門に似合う顔だ。
後ろには、冷えた目の女が一人。弓を背負い、余計な音を立てずに歩いている。
男は俺を見て、にこりと笑った。
「君、また門で止められているのかい?」
「知り合いみたいに言うな」
「同じ冒険者だろう? ぼくはバラン。名を覚えておいて損はないよ」
「忘れる努力をする」
バランは楽しそうに笑った。周囲の何人かがつられて笑う。こういう男は、場の空気を勝手に自分のものにする。
門番が姿勢を正した。
「バラン様。お通りください」
「ありがとう。ぼくの危険値は今日も清らかかな?」
バランが石板に手を置く。光は金色っぽく出て、札は低いところで止まる。
「危険値三」
「ほらね」
何がほらねだ。
バランは俺の泥だらけの外套と、リリィと、肩の小鳥を順に見た。
「子供連れで旅とは大変だ。町に入れないなら、ぼくがその子を案内しても――」
「やめとけ」
自分でも少し驚くほど低い声が出た。
バランの笑みが止まる。ほんの一拍だけ。
リリィが俺の外套を握る力を強くした。エイヴァは羽づくろいをするふりで目だけ細めている。後ろの女が、短く言った。
「バラン。余計」
「親切心だよ」
「余計」
二度目は少し強い。
バランは肩をすくめた。
「怖いねえ。危険値は嘘をつかない、というやつかな」
「数字に頼ると、足元を見るのが遅れるぞ」
「へえ」
バランの目が少しだけ細くなった。
俺は泥牙猪の足場を見た時と同じように、そいつの重心を見ていた。笑っている。だが、腰の剣から手を遠ざけすぎていない。人前で映える立ち方をしながら、いつでも抜ける。
嫌なやつだが、ただの飾りではない。
ベルニーがまた言った。
「行くよ」
「はいはい。ぼくは誰かさんと違って、町に歓迎されているからね」
「拍手が欲しいなら中でやれ」
「君は本当に愛想がないな」
「売ってない」
「売れば危険預かり金の足しになるんじゃないかい?」
門の周りがまた笑った。
俺は言い返しかけて、やめた。ここで一つ殴れば、危険値九十八が百になるだけだ。数字が増えたところで腹は膨れない。
バランは爽やかに門を抜けていく。
だが、最後に一度だけ石板を振り返った。
俺の数字ではない。
リリィが手を置いたあたりを見ていた。
ベルニーも同じだった。エイヴァを見た時、目元は一瞬だけやわらいだ。だが、その奥にある目つきは弓を引く前のそれだった。
丸い小鳥を眺める目じゃない。
何かを測っている目だ。
エイヴァが「ぴっ」と鳴く。
今のは普通の小鳥か、警戒か。たぶん両方だ。
門番は俺たちに木札を突き出した。
「危険者待機柵へ。日没までそこを出るな。子供だけの入場も、今日は保留だ」
「買い物は」
「外の露店を使え」
「高いだろ」
「嫌なら別の町へ行け」
別の町へ行くにも、水と食料が要る。
俺は木札を受け取った。薄い板に、赤い印が押されている。危険。預かり。人間は、こういう言葉を木と石に刻むのが好きだ。
リリィはまだ石板を見ていた。
「グローさん」
「ああ」
「あれ、何の形だったんでしょう」
俺は答えられない。
知らないことを知っているふりはしない。したところで、エイヴァにはどうせ見抜かれる。
「知らん」
リリィの顔が少し曇る。
だから、俺は続けた。
「知らんが、おまえを石の言う通りに渡す気はない」
言い方が硬い。もっと何かあった気もする。大丈夫だとか、怖がるなとか、そういうやつだ。
だが、俺の口から出ると嘘くさい。
リリィは外套を握ったまま、小さくうなずいた。
「うん」
門外の危険者待機柵は、近くで見るとさらに気分が悪かった。
柵の中には、片腕の獣人、酔った人間、角の折れた亜人、顔を布で隠した女がいた。誰もがこちらを値踏みしてくる。町の中だけじゃない。外でも値はつく。
俺が入ると、先にいた大男が場所を譲らず足を伸ばした。
「そこは俺の――」
俺は足元の丸太を片手で持ち上げ、柵の端へ寄せた。ついでに大男の足も避けさせる。
「借りる」
大男は口を閉じた。
リリィが後ろで息を飲む。エイヴァが小声で言った。
「やれやれ。礼儀は赤点、実用は満点だね」
「点をつけるな」
「町に先を越されたのが悔しいのかい?」
「鳥が一番態度でけえな」
柵の隅、屋根代わりの板が少し張り出した場所を取れた。雨が降れば完全には防げないが、ないよりはましだ。俺は荷袋を置き、リリィを壁側に座らせる。自分は外側。斧に手が届く位置。
リリィは膝を抱えた。干し肉の残りを出しかけ、こちらへ差し出す。
「グローさんも」
「食え」
「でも」
「俺はあとでいい」
「それ、いつもあとです」
小さな言い返しだった。
俺は少し眉を上げた。リリィも自分で言って驚いた顔をする。だが、目をそらさなかった。
エイヴァが羽をふくらませる。
「おや、言うじゃないか」
「エイヴァ」
「はいはい、普通の小鳥は黙っておりますよ。ぴるる」
俺は干し肉を半分に割った。小さい方をリリィへ、大きい方を自分へ――渡そうとして、リリィの目に気づいた。
逆だな。
俺は大きい方をリリィに押しつけた。
「成長期だろ」
「グローさんも、大きいです」
「もう大きい」
「もっと?」
「いらん」
リリィは少し考え、それから干し肉を両手で持った。
「じゃあ、わたしが食べます」
「ああ」
その素直さでいい。
壁の向こうから、町の音がした。車輪、呼び声、金属の鳴る音、焼いたパンの匂い。全部、柵のこちら側には届きそうで届かない。
俺はさっきの石板を思い出す。
リリィの手の下で出た、欠けた翼みたいな白い紋様。門番の炭筆。日報に上げると言っていた顔。
門番は知らなかった。
知らないが、記録は残る。
それが面倒だ。
エイヴァはリリィの肩から俺の膝へ跳ね、声を落とした。
「グロー」
「何だ」
「さっきの紋様。あまり良いものじゃないね」
「読めるのか」
「読める、とは言いたくないね。文字じゃない。けれど、古い里の奥で似た形を見たことがある。嫌なことに」
リリィが顔を上げる。
「エイヴァ、知ってるの?」
エイヴァはすぐには答えなかった。くちばしで羽を整える。いつもより長い。ごまかす時の癖だ。
「欠けた翼の印なんてものはね、子供に向けるにはろくでもないんだよ」
リリィの指が、干し肉を握ったまま止まった。
俺はエイヴァを見る。
「今、話せるだけ話せ」
「ここではだめだ。耳が多い。石より人の方がよく聞く」
柵の中の連中が、聞いていないふりでこちらを見ている。確かに、ここでする話じゃない。
俺はため息をつきかけて、飲み込んだ。
「なら、今日は寝る。明日、食い物と水をどうにかして、石のことを調べる」
「町に入れないのに?」
エイヴァが言う。
俺は石板のあった門を見た。壁は高い。門番は固い。金はない。リリィは疲れている。鳥はうるさい。
条件は悪い。
いつも通りだ。
「入れないなら、外から見る」
「実に君らしい雑な前向きさだね」
「褒めたか」
「半分ね」
「腹は立つが助かる」
エイヴァが小さく笑った気がした。




