第12話-4◆検問砦へ
「ふう。なかなかの名演だった」
「半分は本音だろ」
「全部本音だよ。ぼくがいたから危険が少し華やかになった」
「危険は華やかにするな」
ベルニーが一言。
「目立ちすぎ」
「役には立っただろう?」
「少し」
「少しか」
「かなり、って言うと調子に乗る」
「すでに乗ってる」
俺が言うと、バランは楽しそうに笑った。
リリィも小さく笑った。
だが、その笑みはすぐ消える。
「グローさん」
「ああ」
「さっきの、山の方って……」
「今からそれを考える」
ベルニーが荷車の板に、指で簡単な線を描いた。
「移動市から山へ抜ける古道がある。古い検問砦を通る道」
「検問砦」
「今は半分崩れている。でも、巡礼団や荷車は通る。白い馬車も、正面の街道を使わないならそこ」
バランが腕を組む。
「山上の古い検問砦か。たしか、隣国との古道を押さえていた場所だね。今は役人も少ないが、通行記録だけは妙に残す」
「詳しいな」
「ぼくは有望な冒険者だからね」
「関係あるか」
「教養だよ」
ベルニーが短く足した。
「古い研究院印も、あの辺ではまだ見る」
エイヴァの羽がわずかに動いた。
俺はそれを見逃さなかった。
「研究院印?」
ベルニーは頷く。
「欠けた翼に似た古い印。今は意味を知る人は少ない。でも、隣国寄りの古い施設や通行記録に残ってる」
「白い巡礼団と関係あるか」
「たぶん」
「たぶんか」
「確定はまだ」
いい答えだ。
知らないことを知っているふりをしない。話が早い。
エイヴァが眠そうな目を開けた。
「ベルニー、君は嫌なものを知ってるねえ」
「少し」
「少しで済むならいいんだけどね」
「エイヴァ」
俺は声を落とした。
「おまえの封印にも、同じ技術が使われたのか」
リリィが息を止めた。
エイヴァは黙った。
風が白い旗を揺らす。移動市の明るい声が遠くに聞こえる。肉を焼く匂いも、甘い菓子の匂いもまだある。さっきまで死にかけた井戸の底にいたのが嘘みたいだ。
だが、エイヴァの沈黙だけは重かった。
「……似ている、では済まないね」
エイヴァは言った。
「アタシをこの姿に押し込めた時にも、器を測る技術が使われた。全部同じとは言わない。誰がやったとも、今は言わない。言えるほど、記憶もきれいじゃない」
「エイヴァ……」
リリィが肩の小鳥を両手で包もうとした。
エイヴァが慌てて首を上げる。
「強く握るんじゃないよ。今のアタシは大変つぶれやすい」
「ご、ごめん」
「謝るくらいなら、豆をおくれ」
「今?」
「今」
リリィは荷袋から豆を一粒出した。両手で持ってエイヴァの前に差し出す。エイヴァはそれをつつき、少しだけ元気を取り戻した顔をした。
「……味はしないね」
「豆だからな」
「せめて励ましな」
「食えて偉い」
「雑だねえ」
リリィが小さく笑った。
俺は右耳の欠けをかいた。
「次は検問砦だな」
言うと、リリィの顔がこちらへ向く。
怖がっている。
当然だ。
だが、目は逃げていない。
「そこに行けば、姉さんのことがわかりますか」
「わからん」
「白い馬車のことは?」
「それも、まだわからん」
「じゃあ、行く理由は」
「記録がある。白い巡礼団が通る。研究院印が残っている。おまえの手が呼ばれた方角でもある」
俺はそこで一度切った。
「理由としては、足りる」
リリィは胸元の青い布片に触れた。手の白線は布の下で見えない。
「わたし、怖いです」
「ああ」
「でも、見たいです」
「ああ」
「逃げるだけだと、また誰かが測られます」
声が少し震えた。
だが、前より少しだけ強い。
「なら、食って歩け」
俺が言うと、リリィは目を丸くした。
「またですか」
「まただ」
「大事なんですね」
「かなり」
リリィは小さく頷いた。
「じゃあ、食べます」
「いい返事だ」
「今のは?」
「ほめた」
リリィが固まった。
それから、少しだけ頬を赤くして目を逸らした。
「……はい」
エイヴァが「ちちっ」と鳴く。
「たまに直球を投げるから、この子が固まるんだよ」
「俺に聞くな。いや、聞け。勝手に固まるな」
「それは無理です」
リリィが小さく言い返した。
バランが肩をすくめる。
「さて、競争相手。山上の検問砦まで、どちらが先に着くか勝負といこう」
「勝負じゃない」
「言うと思った」
「言わせるな」
ベルニーが地面を見ていた。
「今すぐ出るなら、市の西端。白い布の男が増えてる。東から回る方がいい」
「なら東だ」
「ぼくとしては正面突破も捨てがたいが」
「捨てろ」
「ベルニーまで」
「捨てて」
「はい」
バランはやれやれと肩をすくめる。だが、足はもう東へ向いていた。
俺は荷袋を背負い直す。水は少ない。豆も多くない。銅貨も減ったままだ。エイヴァはしぼんでいる。リリィは疲れている。俺の手は切れている。バランは鬱陶しい。ベルニーは相変わらず短い。
条件は悪い。
いつも通りだ。
だが、進む先は見えた。
山上の古い検問砦。
白い巡礼団の通行記録。
欠けた翼と、記録盤と、エイヴァの封印に繋がる古い研究院印。
俺はリリィの歩幅に合わせて歩き出した。危ない側に自分が立つ。リリィは気づいているのか、何も言わない。ただ、少しだけ俺の外套の端を握った。
「グローさん」
「ああ」
「手、あとで巻きます」
「自分の手が先だ」
「両方です」
「欲張るなと言った」
「だめじゃないって言いました」
言ったな。
俺は少しだけ口元を歪めた。
「覚えがいい」
「ほめました?」
「今のは確認だ」
「ずるいです」
「使い方次第だ」
リリィは困ったように笑い、エイヴァは肩で眠そうに丸くなった。
移動市の白い旗が、背後で風に鳴る。
その音が、もう井戸の底のように遅れて返ることはなかった。
けれど、胸の奥にはまだ残っている。
片翼だけでは完成しない。
片翼だけでも、呼び水になる。
なら、向こうは必ずリリィを探す。
俺たちは、追う側であり、追われる側になった。
山へ向かう道は、古い石畳の切れ端から始まっていた。道の先には白い馬車の轍はない。だが、ベルニーの言った通り、巡礼者の細い足跡と、荷車の片輪だけが深く沈んだ跡が残っている。
白い馬車と同じ癖だ。
俺は斧の柄を握り直した。
「行くぞ」
リリィが頷く。
エイヴァが眠そうに「ぴ」と鳴く。
バランが明るく笑う。
ベルニーが先の道を見て、短く言った。
「急いで。上に回られる前に」
俺たちは歩き出した。
もう、白い馬車を追うだけでは足りない。
次に見るべきは、道を通す場所。
通る者を覚える砦だ。




