表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/96

第12話-2◆名前を呼ばれた

 リリィは盤を見つめた。


 残っている片翼の線が淡く光る。空白の側は、遠くへ引かれるように揺れる。


 リリィの耳が少し伏せた。


「山の方」


「山?」


「水の向こうじゃない。森の奥でもない。高いところ。風が冷たいところ。石の門みたいな……」


 そこで、リリィの膝が揺れた。


「やめろ」


 俺は外套を握るリリィの手ごと引いた。


 白い線が一瞬強く光る。


 リリィが息を詰めた。


「グローさん、手が――」


 布で包んだ指先から、細い白線がにじんでいた。盤の片翼の線と同じように、手の中で光が揺れる。


 俺はリリィの手を両手で包み込んだ。


「見るな」


「でも」


「手を見るな。俺を見ろ」


 リリィの目が揺れ、俺の顔を見る。


 近い。たぶん怖い顔をしている。だが、それでいい。盤よりこっちを見ていればいい。


「息を吐け」


「……っ」


「吐け」


「ふ、う……」


「もう一回」


「ふう……」


 白い線が少し弱くなる。


 エイヴァがリリィの肩で羽を広げた。広げた、といっても小さい。しぼんだ羽を無理に広げて、リリィの手の上にかざす。


「火種寄せの逆だね。少し散らすよ。痛かったら言いな」


「痛くない。冷たい」


「なら、まだましだ」


 エイヴァの羽先に、小さな白い粉のような光が浮いた。リリィの手の白線が、ほんの少しぼやける。


 エイヴァの体がぐらりと揺れた。


「やめろ。落ちる」


「あと少しだよ」


「やめろと言った」


「君は本当に、いいところで邪魔をするねえ」


「倒れた鳥を運ぶ手は二本しかない」


「そこかい」


「そこだ」


 エイヴァはくちばしを鳴らしたが、魔法を弱めた。


 リリィの手の白線はまだ残っている。だが、さっきより薄い。布で包めば隠せる程度だ。


 俺はリリィの手を離さない。


「動くぞ」


「うん」


 リリィは頷いたが、盤から目を離せなかった。


 その時、盤の空白側が強く震えた。


 白い光が一瞬だけ、小部屋の天井へ走る。線は翼の形になりかけ、途中で欠けた。


 石の奥から、声にならない音がした。


 誰かの声ではない。


 だが、リリィがびくっと肩を跳ねさせた。


「今……」


「聞くな」


「名前を、呼ばれたみたいで」


「聞くな」


 俺はリリィの耳を片手で覆った。大きい手では雑になる。力を抜く。耳を塞ぐというより、外の音を遮るだけだ。


 リリィは目を閉じた。


 盤が低く鳴る。


 罠が起きる音だ。


 ベルニーが叫んだ。


「入口、閉まる」


 俺はリリィを抱え上げた。


「バラン!」


「任せたまえ!」


 バランは低い天井に頭をぶつけそうになりながら、入口へ飛び込んだ。剣を抜く。今度は派手さのためではない。閉まりかける石扉の下へ刃を差し込み、腕と肩で押さえる。


「長くは無理だよ!」


「今だけでいい」


「言われなくても、今しか無理だ!」


 ベルニーが入口の上を射た。


 矢が細い留め具を砕く。石扉の落ちる速度が一瞬だけ鈍った。


 俺はリリィを抱えたまま走る。天井が低い。肩が石に擦れる。斧が引っかかりそうになる。邪魔だ。だが捨てない。捨てたら次で困る。


「エイヴァ!」


「いるよ!」


 リリィの肩にしがみついたエイヴァが鳴いた。かなり普通の小鳥に近い悲鳴だった。


「ぴぎゅっ」


「今のは何だ」


「抗議だよ!」


「元気でいい」


「よくない!」


 リリィが抱えられたまま、小さく笑った。こんな時に笑えるなら上等だ。


 入口の石扉の向こうへ飛び込む。


 バランが歯を食いしばって支えている。顔に余裕はない。だが、目だけはまだ明るい。


「さあ、競争相手。早くしたまえ」


「助かる。腹は立つが」


「礼に毒を混ぜるのは君の作法かい?」


「そうだ」


 俺が抜けた直後、バランも身をひねって転がり出た。


 石扉が落ちる。


 どん、と重い音。


 小部屋が閉じた。


 だが、それで終わらなかった。


 床が揺れた。


 井戸底の方から、石の割れる音が連続して響く。さっきまで遅れて返っていた音が、今度は追いかけてくる。通路の奥で、壁の線が白く光り、次々と消えていった。


「崩れる」


 ベルニーが言った。


「わかりやすくて助かる」


 俺はリリィを抱え直した。


「歩けます!」


「今は抱える」


「でも」


「逃げる時は軽い方が勝つ」


「わたし、軽いですか」


「軽い」


「……少し悔しいです」


「元気なのはいい。方向が悪い」


 リリィは俺の首元をつかんだ。強くはない。落ちないように、ちゃんと考えたつかみ方だ。


 エイヴァはリリィの肩から俺の胸元へ移ろうとして、また少しずり落ちた。リリィが慌てて片手で支える。


「エイヴァ」


「大丈夫だよ。ちょっと地面が近く見えただけさ」


「それを落ちかけたと言う」


「細かいねえ」


 バランが後ろで低く笑った。


「その鳥、なかなか根性があるね」


「鳥じゃない、と言いたいところだけど、今は鳥でもいいよ」


「今は?」


「走ってから聞け!」


 エイヴァの声に押されるように、全員が通路を戻った。


 来る時は低く狭いだけだった道が、戻る時にはさらに悪くなっていた。床の溝から白い光が漏れ、光った場所から石が割れる。測るための線が、壊れるための線に変わっている。


 俺は先頭で足場を見る。


 濡れている場所。浮いた石。踏めば沈む溝。リリィを抱えている分、重心が前にずれる。足を大きく出すと天井に肩をぶつける。小さく刻む。速く、でも雑にしない。


 バランが後ろで石を蹴った。


「こっちだ!」


「声が大きい」


 ベルニーが言う。


「今はいいだろう!」


「少し」


「少し許された!」


「喜ぶな。走れ」


 俺は思わず口元を歪めた。


 井戸底への横穴が見えてくる。


 そこは、リリィが潜って開けた穴の奥だ。扉がずれて低い通路になっているとはいえ、入口はまだ狭い。俺はリリィを抱えたままでは厳しい。


「下ろすぞ」


「うん」


 リリィを立たせる。足が少し震えていた。


「走れるか」


「少しなら」


「少しでいい。俺が後ろを塞ぐ」


「はい」


「はいじゃなくて」


「走ります」


「いい」


 リリィが先に横穴へ入る。今度は一人ではない。入口の向こうは井戸底につながっている。エイヴァが先に飛び、というより低く滑り、ベルニーがリリィの後ろを支える位置に入った。


 ベルニーは短く言う。


「右足、下」


「うん」


「頭」


「はい」


「はい、いらない」


「……うん」


 妙なところで噛み合っている。


 バランは俺の後ろで、落ちてくる石を肩で受けそうになっていた。


「君、早く入らないのかい?」


「最後だ」


「だろうね!」


「嬉しそうに言うな」


「いや、実に君らしいと思ってね」


「褒めるな。気が散る」


「褒めているとも限らないよ」


 落ちてきた小石を、バランが剣の腹で弾いた。派手だが、役に立っている。腹は立つが助かる。


 リリィが横穴を抜けた。


「出ました!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ