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流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


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第10話-4◆白い布

 俺は細縄をリリィの腰に回した。きつすぎず、緩すぎず。ほどけない結びにする。リリィが俺の手元をじっと見ていた。


「覚えるか」


「うん」


「今は覚えなくていい。息を整えろ」


「はい」


「はいじゃなくて」


「……息」


「そうだ」


 リリィは小さく息を吸って、吐いた。


 耳はまだ少し伏せている。だが、手は震えていない。


 俺は干し豆を一粒だけ出し、リリィの手に置いた。


「食え」


「今?」


「今」


「横穴に入る前に豆ですか」


「腹が鳴ると井戸が返す」


 リリィは目を丸くしたあと、少し笑った。


「それは、困ります」


「ああ。場所がばれる」


 真面目に言うと、リリィは豆を口に入れた。小さく噛む。硬い音がした。


 井戸の底が、遅れてそれを返した。


 こり。


 ――こり。


 バランがとうとう小さく笑った。ベルニーがまた睨む。


 リリィも少し笑って、すぐに横穴へ向き直った。


「行きます」


「ゆっくり。足からじゃない。頭を先に出しすぎるな。右手で壁。左手は床。布があったら引っ張るな」


「うん」


「見たものを短く言え」


「うん」


「戻れと言ったら」


「戻る」


「よし」


 リリィは膝をつき、小さな体を横穴へ入れた。


 細い肩が石に触れる。靴のかかとが一度浮いたので、俺は軽く押さえた。


「足、右」


「うん」


「もう少し下」


「うん」


「痛いか」


「痛くない」


「本当か」


「少しだけ」


「よし」


「またそれです」


「隠さなかったからな」


 リリィの口元が少しだけ動いた。


 やがて、腰まで横穴に入る。細縄が俺の手の中でゆっくり進む。エイヴァが低く飛び、穴の上の隙間へ身を滑り込ませた。白い羽の明かりが、奥へ小さく消えていく。


 井戸の底に残った俺たちは、息を殺した。


 バランも黙っている。珍しい。ベルニーは横穴の上の石を見ている。崩れそうな箇所を探している目だ。


 細縄が止まった。


「リリィ」


 俺は短く呼んだ。


 少し遅れて、奥から声が返った。


「見えました」


 その声も、井戸の底で遅れて広がる。


 見えました。


 ――ました。


 俺は縄を握る指に力を入れた。


「何だ」


 しばらく間があった。


 石の奥で、リリィが息を吸う音がした。エイヴァの羽音も、かすかに混じる。


「扉です」


 リリィの声は小さい。


 だが、はっきり震えていた。


「白い布が、かかってます」


 井戸の底が、その言葉をゆっくり返した。


 白い布。


 ――布。


 ――布。


 俺は斧の柄に手を置いた。


 バランの顔から笑みが消えた。ベルニーが弓に手をかける。エイヴァの小さな明かりが、横穴の奥で一度だけ揺れた。


 リリィが続けた。


「馬車の外套と、同じ布です」


 その声は、今度は遅れずに胸へ届いた。


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