表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/96

第09話-4◆それから古井戸

 周囲の客のざわめきが増える。ここで揉めれば、市の見張りが来る。白い連中も来る。こっちはリリィを抱えている。よくない。


 俺は老婆の箱を最後の場所へ運び、空いた手で黒パンの包みを持ち直した。


「約束の話は聞いた。食料は」


 老婆は台の下から、小さな袋を出した。干し豆と、硬い焼き菓子の欠けと、塩を少し包んだもの。


「働きの分だよ。あと、その子に糸を一本」


「金はないぞ」


「古い糸だ。売れ残りだよ」


 老婆は淡い青の糸を短く切り、リリィへ差し出した。


 リリィは両手で受け取る。


「ありがとうございます」


「礼はいい。白い外套に近づくなら、縫い目を見るんだよ。表より裏だ。子供に着せるものほど、裏に本音が出る」


 リリィはぎゅっと糸を握った。


「はい」


 白い男が低く言った。


「その子を不安にさせるだけです」


 リリィは肩を震わせた。


 だが、俺の外套から手を離した。ほんの少しだけ前へ出る。俺は止めようとして、やめた。半歩だけだ。逃げ道はある。俺の腕も届く。


「不安です」


 リリィは言った。


「でも、見ない方が、もっと不安です」


 白い男の笑みが止まった。


 リリィは胸元を押さえる。青い布片と、今もらった糸。その両方を包むように。


「姉さんのことも、白い馬車の子たちのことも、見ないと近づけないから」


 声は震えている。だが、言い切った。


 俺は右耳の欠けをかいた。


 子供は時々、正しいことを危ない場所で言う。


「言うだけ言ったら下がれ」


「はい」


 リリィはすぐ下がった。そこは聞き分けがいい。いいが、さっきより少し顔が赤い。自分で言って怖くなった顔だ。


 エイヴァがそっとリリィの肩へ戻り、くちばしで頬の横をつついた。


「よく言った。あとで水を飲みな」


「今ほめました?」


「報告だよ」


「それ、グローさんのまね?」


「やめろ」


 俺が言うと、エイヴァは「ぴっ」と鳴いた。腹の立つ小鳥だ。


 バランは白い男へ向き直り、にこやかに手を広げた。


「さて、白い巡礼の方。ぼくもその古井戸に興味が出てきた。案内してもらえるかな?」


「立入には手続きが必要です」


「手続き。いい言葉だ。面倒をきれいに見せる」


 バランの笑顔は明るい。だが、剣の柄から手が遠すぎない。


 ベルニーが短く言う。


「行くなら、黙って行く」


「ぼくにだけ難しい条件を出すね」


「必要条件」


「ひどいな」


 俺はリリィの靴を見る。かかとの布がまた少しずれている。顔色もよくない。市の音、人の匂い、白い旗、白い男。疲れる条件が揃いすぎている。


「今日は井戸を見るだけだ」


「入らないんですか」


「準備なしで穴に入るな」


「穴……井戸です」


「下に行くなら穴だ」


 リリィは少しだけ笑いかけて、すぐ真面目な顔に戻った。


「でも、見ます」


「ああ」


「見ないと、近づけないから」


「なら、食って歩け」


 俺は老婆からもらった袋を開け、干し豆を少しリリィへ渡した。ついでに水袋も渡す。


 リリィは両手で受け取った。怖い顔のまま、真面目に豆を噛む。


 エイヴァが肩で小さく言った。


「君の励ましは、相変わらず食事指導だねえ」


「効く」


「まあ、効くね」


 市の奥で、鐘が一つ鳴った。


 白い旗が風に揺れる。その向こうに、低い石組みの輪が見えた。古井戸だ。人混みの奥に隠れるようで、隠れていない。白い天幕から続く細い道の先にある。


 子供の笑い声が、どこかから遅れて返ってきた。


 笑い声のはずなのに、井戸の底で少し形を変えて戻ったように聞こえた。


 リリィの耳がぴくりと動く。


「今の……」


「ああ」


 エイヴァは何も言わなかった。


 ただ、白い羽が少しだけしぼんでいた。


 俺は斧の柄に手を置き、市の奥を見た。


 移動市は何でも売る。


 食い物も、水も、布も、薬も、笑いも、噂も、子供の安心も。


 たぶん、怖さまで値札をつけて売っている。


 なら、こっちは買うものを選ぶだけだ。


 まずは水。食料。逃げ道。


 それから、古井戸。


 リリィが見ないと進めないと言うなら、俺は見られる場所まで連れていく。


 ただし、向こうがリリィを測ろうとするなら話は別だ。


 その時は、井戸でも旗でも、まとめて黙らせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ