表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/96

第09話-3◆古い木札

 俺は裏の箱を運んだ。


 箱は布より重い。中に糸玉と金具が詰まっている。持ち上げると、近くの客が一歩退いた。慣れている。退くなら退け。道ができる。


 一箱目、二箱目。三箱目を持ったところで、白い天幕の方から声がした。


「その外套は、こちらで扱う品ですね」


 柔らかい男の声。


 俺は箱を置かずに振り返った。


 白い手袋。白に近い薄衣。深い頭巾ではないが、胸元には欠けた翼に似た刺繍がある。若い男だ。顔は整っている。笑っている。目だけが商品を見る目をしていた。


 リリィが老婆の台の前で固まっている。エイヴァは肩ではなく、台の木箱の上に移っていた。普通の小鳥のふりをしているが、羽がほんの少し逆立っている。


 白い男は老婆を見た。


「古い布を広げる時は、こちらへ一言いただく約束だったはずです」


「古い布を売ってるだけだよ」


「それに触れた子供がいます」


 男の視線がリリィへ行く。


 俺は箱を片手で抱えたまま、リリィとの間に入った。


「買い物だ」


「お連れの子ですか」


「そうだ」


「移動市は安全ですが、子供は迷いやすい。白い巡礼の天幕では、迷子や旅の子へ水と飴を配っています」


「いらん」


「お父上ですか?」


「違う」


「では、保護者の証明は?」


 面倒な言葉が来た。


 町の門と同じだ。書類、保証、札、証明。人を守る形をして、人を取り上げる。


 リリィの肩が小さく揺れた。


 俺は箱をゆっくり下ろした。音を立てすぎないように。割る必要はない。まだ。


「俺が連れてる」


「それは証明ではありません」


「なら、こっちも証明しなくていい。用がない」


 男の笑みが深くなる。


「その子に、測りの反応が出ている可能性があります。危険ではありません。ただ、整えてあげる必要が――」


「やめとけ」


 声が低くなった。


 周囲の客が一斉にこちらを見る。まずい。だが、下がるには遅い。


 白い男の手が、リリィの方へ伸びかけた。


 その時、派手な声が市の通りを割った。


「いやあ、実にすばらしい市だね! 人も品も多い。何より、ぼくを見つける目が多い!」


 バランだった。


 金髪が日を拾っている。どこで何をしていたのか、片手に色布を持ち、もう片方で子供たちに向けて軽く手を振っている。本人は爽やかだが、歩く騒音みたいな男だ。


 白い男の視線がそちらへ逸れた。


 バランはそのまま、なぜか俺と白い男の間に入ってきた。


「おや、これは失礼。取り込み中だったかな?」


「かなりな」


 俺が言うと、バランは笑った。


「それならちょうどいい。ぼくは取り込み中に入るのが得意だ」


「最悪の特技だな」


「褒め言葉として受け取るよ」


「受け取るな」


 ベルニーも少し遅れて来た。音がない。人混みの中でも、足運びが静かだ。彼女は白い男、老婆、リリィ、俺、エイヴァの順に見て、最後に老婆の手元で止まった。


「札」


 短い一言。


 老婆が反射的に手元を隠しかけた。


 ベルニーの目はそこを逃さない。


「古井戸の札。市の奥で使うもの」


 白い男の顔から、笑みが少し薄くなった。


 バランがそれを見て、さらに明るく笑った。


「古井戸? それは面白そうだ。移動市には、食べ物と芸だけでなく井戸まで売っているのかい?」


「売り物じゃないよ」


 老婆が低く言った。


「なら、なおさら興味があるね」


「バラン」


 ベルニーが一言で止める。


「声、大きい」


「おっと。これは失礼」


「失礼で済む声量じゃない」


 俺は小さく息を吐いた。バランは鬱陶しい。だが、今は鬱陶しさが役に立っている。白い男の視線が分散した。


 リリィが俺の外套をつかむ。


「グローさん」


「ああ。下がれ」


「でも、老婆さんが」


「俺が聞く」


「わたしも聞きます」


 声は小さいが、引いていない。


 俺は一拍置いた。


「勝手に前へ出るな」


「うん」


「怖いなら言え」


「怖い」


 すぐ言った。


 俺は少しだけ目を細める。


「正直でいい」


 リリィはうなずいた。顔は青い。だが、目は老婆の台から離れない。


 白い男が口を開く前に、老婆が札を台の下から出した。古い木札だ。欠けた翼に似た印と、井戸の絵が焼き付けられている。


「市の奥に古井戸がある」


 老婆は早口になった。


「子供が覗くと、声が変に返る。泣く子は泣けなくなり、静かな子はもっと静かになる。白い連中は、そこを『水の祈り場』だと言う。だが、ありゃ祈りじゃない」


「何だ」


「子供の魔力を映すんだよ。水じゃなく、底の古い石がね」


 エイヴァの羽がしぼんだ。


 俺はそれを横目で見る。エイヴァは何かを知っている顔をしていた。だが、ここで喋る気はないらしい。普通の小鳥として目を丸くしている。下手だ。俺にはわかる。


 白い男が一歩進む。


「根拠のない噂です。旅の方々を不安にさせるのは――」


「不安にさせてるのは、おまえの手袋だ」


 俺が言うと、男の眉がわずかに動いた。


 バランが楽しそうに俺を見る。


「いいね、今のは少し詩的だった」


「黙れ」


「はいはい」


 ベルニーが老婆へ手を出す。


「札、見せて」


 老婆は少し迷ったが、渡した。


 ベルニーは札の端を指でなぞる。


「新しく削った跡がある。古い札を今も使ってる」


 短いが、刺さる。


 白い男の顔が完全に硬くなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ