第08話-3◆充分だ
俺はそちらを見た。
「通ってないと言ったな」
「夜明け前だ。俺は寝てた」
「橋守が寝るな」
「白い連中は先に金を置いていく。起こされない方が楽なんだよ」
バランの顔が強張る。
「君は、子供を乗せた馬車を見もしないで通したのか」
「見てないと言ったろ」
「そういう問題じゃない」
バランが一歩出た。
ベルニーが肩を押さえる。
「バラン」
「でも」
「今は橋」
ベルニーの声は短い。だが、効く。
俺は橋守に訊いた。
「白い連中はどこへ行く」
「知らん」
「移動市か」
橋守の目がまた動いた。
今度ははっきり動いた。
「知らん」
「知ってる顔だ」
「知らないと言ってる」
俺は橋の腐った板を持ち上げた。
橋守が慌てる。
「おい、壊すな!」
「壊れてる」
「直すんじゃないのか」
「情報次第だ」
リリィが小声で言う。
「グローさん、悪い人みたいです」
「今だけだ」
「今だけ?」
「たぶん」
リリィは少し困った顔をした。
エイヴァが笑う。
「大丈夫だよ、リリィ。悪い人ならもっと儲けてる」
「それは安心していいんですか」
「していいような、悪いような」
橋守は頭をかいた。
「……移動市だ。湿地を抜けた先の平地で、明日から三日開く。白い馬車はたぶんそこへ行く。孤児救済の天幕だの、巡礼の天幕だの、薬売りだのが集まる」
「白い連中も?」
「白い布をかけた馬車は毎回いる。子供を連れてくる。連れていく。俺はそこまでしか知らん」
「古い井戸はあるか」
エイヴァが俺の肩で、ほんのわずかに動いた。
橋守は嫌そうな顔をした。
「ある。市の奥だ。古井戸。水は汲めない。子供が覗くと、声が変に返るとかで、近づくなって言われてる」
「印は」
「印?」
「欠けた翼みたいな傷」
橋守は口を閉じた。
知っている顔だ。
「見たことがあるな」
「俺は知らん。聞くな。そういうものは、市の連中に聞け」
「充分だ」
俺は腐った板を戻さず、横に置いた。
橋守が青くなる。
「おい」
「腐ってる板を戻すと落ちる」
「じゃあどうする」
「こっちの板をずらす。バラン、そこの丸太を押さえろ」
バランが顔を明るくした。
「ぼくの出番だね」
「静かに押さえろ。見せびらかすな」
「注文が多いな」
「橋を落としたくない」
バランは文句を言いつつ、丸太へ手をかけた。力はある。華だけの男ではない。押さえ方は派手だが、支えにはなっている。
ベルニーは周囲を見張った。弓を抜いてはいないが、遠くの道を見ている。橋守が逃げない位置も自然に塞いでいた。
リリィは板の隙間から、紐の通し方を見ていた。
「そこ、古い紐が残ってます」
「どこだ」
「右の下。濡れて黒くなってるところ」
俺が覗くと、たしかに古い紐が絡んでいた。切らずに新しい紐をかけると、あとで噛む。
「よく見た」
リリィの耳がまた少し赤くなった。
「……見えただけです」
「見えたなら充分だ」
エイヴァが小さく「ぴっ」と鳴く。
「今のは普通の小鳥として、良い先生ぶりへの拍手だよ」
「黙れ」
「照れるんじゃないよ」
俺は古い紐を切り、新しい紐を通し、板を二枚ずらして力の逃げ道を作った。エイヴァに頼んで、濡れすぎた紐の端だけ少し乾かす。
羽先に豆粒ほどの光が灯り、すぐ消えた。
「火種寄せだよ。昔なら暖炉ひとつ起こせたけどね。今は紐の端を乾かして終わりさ」
エイヴァの羽がしぼむ。
「これで終わりだよ。今日はもう、あったかい係は閉店」
「助かった」
「腹は立つが、を付けないのかい」
「助かった。腹は立つが」
「よし」
リリィが笑った。
橋は完全には直っていない。
だが、渡れる。
バランが試しに一歩乗ると、板は沈んだが戻った。次に俺が荷を担いで渡る。リリィは俺の後ろを歩かせた。板の隙間が広いところでは、俺が先に足を置く位置を示す。
「ここ」
「うん」
「次、左」
「はい」
「急ぐな」
「急いでません」
「顔が急いでる」
「顔って、そんなに動きますか」
「おまえは動く」
リリィは自分の頬を押さえた。
ベルニーが少し笑った気がした。
橋を渡り終えると、橋守は通行料を取り立てなかった。代わりに、干した根菜を二本と、硬いパンを一つ投げてよこした。
「余りだ。持ってけ」
「橋代か」
「修理代だ」
「足りない」
「文句を言うな」
「言ってみただけだ」
俺は受け取った。
バランが明るく言う。
「彼にも礼を言えるんだね」
「今のは取引だ」
「素直じゃないな」
ベルニーが橋守へ視線を向ける。
「白い馬車がまた通ったら、見なさい。寝ないこと」
橋守は目を逸らした。
「……わかったよ」
ベルニーの声には派手さがない。だが、こういう時はよく刺さる。




