第07話-4◆させない
リリィが草むらから出てきた。
顔色は悪い。だが、泣いていない。
バランが少し屈んだ。
「大丈夫かい?」
リリィは一瞬だけ、その優しい声に揺れた。
それから、俺の外套の端を握った。
「だいじょうぶ。……たぶん」
「たぶんか」
バランが苦笑する。
俺はリリィを見た。
「何を聞いた」
リリィは胸に手を当て、ゆっくり話した。
名前はあとで返してもらうこと。
白い人たちは怖くない、ちゃんと測ってくれると言っていたこと。
泣くと響きが乱れること。
泣かないよう数えさせられること。
そして、耳の長い子が、別の馬車に乗せられたかもしれないこと。
バランの顔から軽さが消えた。
ベルニーは短く息を吐いた。
「測っている、か」
エイヴァが羽を整えながら言う。
「昨日の宿場の印と、包み紙の点。今の子の包み紙にも点があった。測った順番か、回数か、どこかへ渡すための印かもしれない」
「どうしてそんなことを」
バランが言う。
エイヴァは目を細めた。
「昔から、子供を連れていく連中は優しい顔をするもんだよ。怖がらせずに歩かせる方が、手間が少ないからね」
その言い方は軽くなかった。
リリィが小川の方を見た。
さっきの子供が立っていた石のそばに、白い包み紙が落ちている。
俺は先に動いた。
「待ってろ」
「わたしが」
「俺が見る」
「でも、小さいから」
「水際で転ぶ」
「転びません」
「さっき転びかけた」
「むう」
リリィが頬を膨らませた。こういう時だけは、少し安心する。
俺は石を渡り、包み紙を拾った。濡れている。だが、内側はまだ読める。
欠けた翼に似た小さな線。
その横に、黒い点が五つ。
さらに、細い線が一本。数字か、傷か。リリィが見れば何か気づくかもしれない。だが、触らせるのは少し嫌だった。
俺は布に包んで持ち帰る。
「印がある」
リリィの顔が強張る。
「欠けた翼ですか」
「似てる。断定はしない」
「見ても?」
「布越しだ」
リリィは両手で包みを受け取り、中をのぞいた。
息を詰める。
「点が五つ。昨日のより多い」
「測った順番かもしれない、とエイヴァは言った」
「うん」
リリィは少し黙った。
そのあと、小さく言う。
「わたしも、ああされるんですか」
誰もすぐには答えなかった。
バランも、ベルニーも、エイヴァも。
リリィは白い包み紙を見ている。
自分の胸元にある青い布片と、飴の包みと、糸くずと、今の欠けた翼の印。ひとつずつが、リリィを姉へ近づける。ひとつずつが、リリィ自身にも近づいてくる。
俺は布ごと包み紙を取り上げた。
リリィが顔を上げる。
俺はその目を見て、短く言った。
「させない」
リリィの唇が震えた。
「でも」
「させない」
二度言った。
それで足りるとは思わない。敵の数も、目的も、道も、まだわからない。俺の言葉だけで防げるなら苦労はない。
だから俺は、言葉のあとに水袋を渡した。
「飲め」
「……今ですか」
「今だ。怖い時ほど喉が乾く」
リリィは少しだけ目を丸くしてから、両手で水袋を受け取った。
エイヴァが俺の肩で、静かに言う。
「そうだね。泣かないようにさせる連中に追いつくなら、まず泣けるだけの水がいる」
「小鳥にしてはまともだ」
「小鳥ぶんの知恵だよ」
バランが剣の柄から手を離した。
「ぼくたちも追う」
「勝手にしろ」
「君に許可をもらう気はないよ」
「なら言うな」
「相変わらず感じが悪いな」
「元からだ」
ベルニーが小川の下流を見た。
「白い馬車は次の休み場へ向かう。轍はまだ追える。でも、距離を詰めすぎると気づかれる」
「わかってる」
俺はリリィの靴を見る。
「足は?」
リリィは少しだけ迷った。
そして、正直に言った。
「痛いです。でも、歩けます」
「よし。痛いと言えたなら歩ける」
「そういうものですか」
「隠すよりはましだ」
リリィは水を飲み、包み紙から目を離した。
怖がっている。
それでも、前を見た。
「行きたいです」
「ああ」
「見るだけじゃ、済まないかもしれないんですよね」
「そうだ」
「それでも、見たい。あの子が、名前を返してもらえるのかも」
俺は荷を担ぎ直した。
「なら、歩ける分だけ歩け。無理は言え」
「うん」
バランが俺たちを見て、少しだけ口元を歪めた。
「君たちは、ずいぶん地味に熱いね」
「おまえは派手にうるさい」
「ひどいな」
ベルニーが短く言う。
「事実」
バランがそちらを見た。
「ベルニーまで?」
「静かに。追跡中」
エイヴァが「ぴっ」と鳴いた。
普通の小鳥の同意だ。
白い馬車はもう見えない。
だが、細い轍は小川沿いに続いている。水際の草が倒れ、白い包み紙の小さな切れ端が一つ、枝に引っかかっていた。
俺は斧の位置を確かめ、リリィの外側に立った。
泣かない子供たち。
泣かせない大人たち。
そして、測るという言葉。
腹は立つ。だが、怒りだけで走ると足を取られる。だから歩く。
追いつくために。
奪い返す時を間違えないために。
「行くぞ」
リリィがうなずいた。
俺たちは白い馬車の跡を追って、小川沿いの道へ踏み出した。




