第07話-3◆今は動かない
その時、反対側の木陰からバランが飛び出した。
「やあ! こんなところで会うなんて奇遇だね!」
声がでかい。
白い手袋の男も、太い腕の男も、そちらを向いた。
俺は思わず片目を細めた。
「……そう来るか」
ベルニーが木陰で額に手を当てている。
バランは小川の向こうで、白い外套の連中へ堂々と歩いていった。剣の柄に手は置いていない。笑顔だ。無駄に爽やかだ。
「旅の巡礼かな。子供たちを連れているなら、道中は大変だろう。困ってるなら言ってよ」
白い手袋の男は一拍置いて、にこりとした。
「親切な方ですね。私たちは大丈夫です。子供たちも、よく休めました」
「泣きもしないなんて、ずいぶん行儀がいいね」
バランの声は明るい。
だが、目は笑っていなかった。
白い手袋の男も同じだ。
「よく教えていますから」
「教える、ね」
バランの足が半歩前へ出る。
ベルニーが矢を一本抜いた。
「バラン」
短い声だった。
それだけで、バランは止まった。
白い手袋の男は、笑顔のまま子供たちを馬車へ戻し始めた。
「そろそろ出ましょう。次の休み場までありますから」
例の子供が馬車へ戻る時、ほんの一瞬だけこちらを見た。
リリィは俺の背中の後ろで、両手を握っていた。
俺は動かなかった。
動けなかったんじゃない。動かないと決めた。
今は。
白い馬車の後ろ扉が閉まる。
太い腕の男が周囲を見た。視線がこちらの木陰をかすめる。俺は息を浅くした。リリィの頭を腕で押さえ、エイヴァは枝の上でただの小鳥として羽づくろいをしている。
馬車が動き出した。
細い車輪が湿った土を踏む。白い布が揺れる。中から声はしない。
バランは馬車が見えなくなるまで、笑顔のまま立っていた。
見えなくなった途端、その笑顔が消えた。
「追うべきだ」
「追うな」
俺は木陰から出た。
バランがこちらを振り返る。
「君、見てただろう。あれはおかしい」
「ああ」
「なら、どうして止めた」
「奪えば終わりじゃないからだ」
「終わらせればいい」
「残りの子供はどうする。次の馬車は。宿場は。町は。おまえの名前で全部止まるのか」
バランは言葉に詰まった。
だが、引かない顔だ。
「それでも、目の前の子は助けられる」
「助けたあと、追われる。あの子の行き場もない。俺たちの食料も足りない」
「食料の話か?」
「食料の話だ」
バランの眉が動いた。
俺は続けた。
「食わせられない子供を抱えて逃げれば、その子もリリィも倒れる。倒れたところを拾われる。助けた気分だけで動くな」
バランは拳を握った。
「君は冷たいな」
「今それを言うか」
ベルニーが二人の間へ入った。
「バラン、今のはグローが正しい」
「ベルニー」
「正面から斬り込めば、子供たちは人質になる。あの白手袋、こちらが怒るのを待っていた」
ベルニーの視線が俺へ向く。
「あなたも、それを見て止めたんでしょう」
「ああ」
バランは悔しそうに息を吐いた。
エイヴァが枝から降りてきて、俺の肩に戻る。
「鳥の方がまだ段取りを考えているよ」
「おまえは鳥のふりをしてただけだろ」
「だから考えられたんだよ。喋ると面倒が増える」
ベルニーの目がエイヴァに一瞬向いた。
触りたそうな顔ではない。探る顔だ。
エイヴァはすぐに「ぴるる」と鳴いて、首をかしげた。
ベルニーは何も言わなかった。




