第03話-4◆夜明け前の出口
中庭の奥では、白い馬車が消えた通路に、まだ細い車輪跡が残っていた。
リリィがそれを見ている。
怖がっている。たぶん。
でも、見ている。
俺はその前に立ち、役場席と通路の両方が見える位置を取った。
「まず戻るぞ」
「柵へ?」
「柵へ。あそこが今の寝床だ」
リリィは少しだけ嫌そうな顔をした。正直でいい。
「宿は?」
「金がない」
「知ってました」
「言うようになったな」
「事実です」
俺は片目を細めた。
使われた。
エイヴァが「ちちっ」と笑う。
「良い弟子だねえ」
「教えた覚えはない」
「背中で教えてるよ」
「やめろ。責任が増える」
リリィが少し笑った。
町の中庭を出る時、観衆の何人かがこちらを見ていた。
怖がる目。面白がる目。値踏みする目。
昨日と同じだ。
だが、リリィの足元は昨日と違う。少し大きい新しい靴が、石畳を踏んでいる。
俺たちはまだ町の客じゃない。
けれど、白い馬車の出る時刻を知った。
役場裏へ続く道も見た。
危険預かり金が少し下がるかもしれない。
少しずつだ。
進む時は、だいたい少しずつしか進まない。
だからこそ、足を潰すわけにはいかない。
俺は柵へ戻る道で、リリィの歩幅に合わせて少しだけ足を遅くした。
リリィが気づいた顔をした。
「グローさん、歩くの遅くしてますか」
「荷が重い」
「荷袋、さっきより軽いです」
「気のせいだ」
「嘘が下手です」
「エイヴァに似てきたな」
「それは、いいこと?」
「うるさくなる」
エイヴァが抗議の「ちちっ」を飛ばした。
門の外へ戻る直前、俺は振り返った。
白い馬車はもう見えない。
だが、車輪跡は覚えた。
細い車輪。片側が少し沈む癖。夜明け前に、旧街道へ出るなら、必ず門か裏口を通る。
町が門で測るなら、こっちは足跡で見る。
石の数字より、土の跡の方がまだ信用できる。
「夜明け前だ」
俺が言うと、リリィは小さくうなずいた。
「起きます」
「寝てからだ」
「起こしてください」
「起きてたらな」
「グローさん、寝ないつもりですか」
「少しは寝る」
「少しじゃ、だめです」
リリィはそう言ってから、自分でも驚いた顔をした。
俺は口元だけ歪めた。
「元気なのはいい。方向が悪い」
「またそれ」
「使いやすい」
「便利な言葉にしないでください」
エイヴァが肩の上で笑った。
柵の木戸が開く。
町の外の空気が戻ってくる。湿った土、古い灰、安い水の匂い。
それでも、俺たちは朝より少しだけ多く持っていた。
白い馬車の時刻。
値踏み市で見せた結果。
それから、リリィが自分で見つけた道筋。
夜明け前、馬車が動く。
その時、門はいらないかもしれない。
町の裏側には、門より細い出口があるはずだ。




