第03話-3◆遊びじゃないです
その時、バランが隣へ来た。
「白い馬車が気になるのかい?」
「おまえには関係ない」
「あるかもしれない。ぼくもさっき見た。役場の裏へ入っていく馬車なんて、どう見ても普通じゃないだろう?」
「華やかな見世物は終わったのか」
「君の泥臭いやり方が、思ったより客に刺さったみたいだからね。ぼくとしても、少しは取り返す材料を探さないと」
「正直だな」
「ぼくは嘘が似合わないんだ」
自分で言うな。
ベルニーがバランの後ろに立つ。視線は馬車の消えた方だ。
「出発は夜明け前」
短い一言。
俺はベルニーを見る。
「なぜわかる」
「裏口の車輪跡。乾き方。今朝入った馬車じゃない。昨日の夜から置いてある。こういう馬車は人目が少ない時に出る」
リリィが息を飲む。
エイヴァが小さく言った。
「やるじゃないか、弓の子」
ベルニーの目が一瞬だけエイヴァへ向いた。
エイヴァは即座に「ぴっ」と鳴いた。
遅い。
ベルニーの目元が少しだけ動いた。笑ったのか、気づいたのか、わからない。わからないが、油断はできない。
バランは楽しそうに笑った。
「夜明け前か。いいね。いかにも秘密の馬車らしい」
「遊びじゃない」
リリィが言った。
声は大きくない。だが、まっすぐだった。
バランが少しだけ目を丸くする。
リリィはすぐに自分の声に驚いたように口を閉じた。それでも、目をそらさない。
「遊びじゃ、ないです」
言い直した。
俺はリリィの前に少し出る。
バランは両手を軽く上げた。
「悪かった。からかうつもりはないよ」
「いつもあるだろ」
「半分くらいだ」
「多いな」
ベルニーが短く言った。
「多い」
「君たち、今日はぼくに厳しいな」
エイヴァが「ぴっ」と鳴いた。たぶん同意だ。
司会役が次の名を呼び始めた。値踏み市は続く。誰かが腕力を見せ、誰かが矢を射ち、誰かが笑われる。町は人を測り続ける。
だが、俺たちの見るものはもう決まっていた。
白い馬車。
役場裏。
夜明け前。
俺は門番の方へ歩いた。
「再審査はいつだ」
「役場が決める」
「今日中に決めろ」
「おまえ、立場わかってるのか?」
「わかってる。金がない」
「そこかよ」
「そこだ」
門番は呆れた顔をしたが、役場席へ目をやった。
「少しは下がるかもしれん。だが、町を自由に歩けると思うなよ」
「思ってない。夜明け前に外へ出る馬車を見るだけだ」
「今の話を聞かなかったことにしたいんだが」
「聞け」
「嫌だよ!」
門番は頭をかいた。
リリィが俺の外套の端をそっとつかんだ。
「グローさん」
「ああ」
「夜明け前まで、どうしますか」
「飯を探す。水を詰める。寝られる時に寝る」
「追いかける準備?」
「見る準備だ」
「追わないんですか」
「見てから決める」
リリィは少し不満そうにした。けれど、すぐにうなずいた。
「勝手に走らない」
「そうだ」
「次は言う」
「ああ」
エイヴァが肩の上で丸くなる。
「成長したねえ。二人とも」
「俺もか」
「君は、子供に言い聞かせる言葉が少しだけ石ころから丸石になった」
「投げたら痛いのは同じだな」
「そういうところだよ」
バランが横から口を挟む。
「夜明け前なら、ぼくも行くよ」
「来るな」
「残念。行く」
「聞け」
「ぼくは聞いたうえで行く」
ベルニーがため息をついた。
「止めても無駄」
「そっちで縛れ」
「ほどく」
「面倒なやつだな」
「それは君もだろう?」
バランが笑う。
俺は言い返すのをやめた。ここで時間を使っても飯は増えない。白い馬車も止まらない。




