表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れの豚は今日も金が貯まらない  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/96

第03話-2◆荷獣と白い馬車

「グローさん」


 柵の向こうからリリィの声。


 俺は振り向かずに言った。


「下がってろ」


「うん。……左の後ろ足、少し遅いです」


 観客の声に紛れそうな小さい声だった。


 だが、聞こえた。


 俺は口元だけ少し歪める。


「見えてる」


「はい」


「助かる」


 リリィが黙った気配がした。たぶん固まっている。褒めると止まるのはどうにかした方がいい。


 鎖が外された。


 荷獣が走った。


 でかい。重い。速い。だが、直線だけだ。


 俺は斧を地面に置いた。


 観衆がざわつく。


 武器を捨てたと思ったのだろう。違う。斧を持ったまま止めると、手が勝手に刃を使いたがる。殺さないなら邪魔だ。


 荷獣が真正面から来る。


 俺は逃げない。


 鼻面が届く寸前、右へ半歩。荷獣の左肩へ自分の肩を入れる。ぶつかるのではない。流す。相手の重さを正面から受けず、向きをずらす。


 足元の砂を踏んだ。


 荷獣の左後ろ足が遅れた。


 俺はその一拍に合わせて、荷獣の首輪の革を掴み、体ごと回した。腕だけでは止まらない。腰、足、肩。全部使う。


 石畳が鳴った。


 荷獣の巨体が半回転し、勢いを殺されて横へ流れる。荷箱が揺れたが、落ちない。


 まだ暴れる。


 俺は首輪から手を離さず、荷獣の目の横へ自分の顔を寄せた。獣は正面の敵には向かう。だが、横に貼りつかれると嫌がる。


 鼻息が熱い。


「止まれ」


 低く言った。


 言葉が通じるわけじゃない。声の低さと息の出し方だ。傭兵時代、馬を潰すやつは嫌われた。荷獣を殺すやつはもっと嫌われた。運ぶものがなければ、戦う前に負ける。


 荷獣がもう一度跳ねようとする。


 俺は右手で首輪を引き、左手で鼻面の下を押さえた。上ではなく下。頭を上げさせない。暴れる力を地面へ落とす。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 荷獣の膝が折れる寸前で、力を抜く。


 完全に倒せば荷が壊れる。倒さず、止める。


 荷獣は荒く息を吐き、石畳を前足でかいた。だが、もう走れない。


 俺は手を離した。


 広場が静かだった。


 派手さはない。剣も振っていない。血も出ていない。見世物としては地味だろう。


 だが、役場席の連中の顔は少し変わっていた。


「……荷箱が揺れただけか」


「殺してない。倒してもいないぞ」


 そんな声が、上の席から落ちてくる。


 わかるやつにはわかる。


 重い獣を殺さず、荷を壊さず、観衆へ逃がさず止めるのは、魔獣を派手に倒すより面倒だ。


 先に拍手したのは、リリィだった。


 小さな手で、ぱち、と一回。


 慌てて止めようとして、もう一度、ぱち。


 エイヴァが「ぴっ、ぴっ」と鳴く。


 それにつられて、少しだけ拍手が広がった。


 少しだけだ。


 派手な歓声ではない。


 バランが中央へ歩いてきた。


「なるほど。怖がられる理由はわかるよ」


「褒めるなら下手だな」


「褒めているさ。ぼくならもっと華やかに止める」


「荷箱を壊してな」


 バランの笑みが一瞬だけ深くなった。


「言うじゃないか」


「事実だ」


 ベルニーが遠くから短く言った。


「今のは、グローが正しい」


 バランが振り向く。


「ベルニー?」


「荷を壊さない試験」


「わかっているよ」


「ならいい」


 バランは少しだけ不満そうに肩をすくめた。だが、観衆へ向く時には、もう笑顔に戻っている。切り替えが早い。鬱陶しいが、そこは強い。


 司会役が慌てて札を見た。


「ええ、赤札グロー、試験達成。危険預かり金の再審査対象とする」


「下がるのか」


「役場判断だ」


「今決めろ」


「無茶を言うな!」


 役場席で何人かがひそひそ話す。すぐには決まらない。予想通りだ。町は金を取る時だけ早い。


 俺が戻ろうとした時、エイヴァがリリィの肩で首だけを動かした。


「……裏の通路、さっきから荷じゃないものが通ってるね」


 リリィが柵の向こうで何かに気づいた。


 目の動きが変わる。


 笑いかけていた顔から、すっと色が抜けた。


「リリィ」


 俺は声をかけた。


 リリィは返事をしない。視線は広場の奥、役場席のさらに裏。荷を運び込む小さな通路の方へ向いている。


 白い布。


 一瞬だけ見えた。


 人混みの間を、白い覆いのかかった小さな馬車が通る。巡礼用に見える。側面には白い布。車輪は細い。大きな商隊用ではない。中庭の裏口を抜け、町の奥へ向かっている。


 その後ろに、子供用の外套が積まれていた。


 耳を隠せる、深い頭巾付きの外套。


 リリィの指が柵を握った。


「グローさん」


「ああ」


「あれ」


「見えた」


 エイヴァがリリィの肩で普通の小鳥のふりをやめた。小声で言う。


「白い馬車だね」


 リリィは息を吸った。


 走り出しそうな足を、俺は手で止めた。


「行くな」


「でも」


「今行ったら捕まる」


「でも、あれ、昨日の」


「わかってる」


 俺は声を低くした。


「見る。追うのはその後だ」


 リリィは唇を噛んだ。目は馬車の消えた通路から離れない。新しい靴のつま先が、石畳を少しこすった。


 行きたい。


 置いていかれたくない。


 たぶん、その両方だ。


「リリィ」


「……はい」


「次は言え。勝手に走るな」


 リリィは小さくうなずいた。


「言いました」


「そうだな」


 俺は短く返す。


「助かった」


 リリィの肩が、ほんの少し震えた。怖さか、嬉しさか、両方か。俺にはそこまではわからない。ただ、柵を握る指の力は少し緩んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ