第44話 食べ歩きデート
青銅鳥居をくぐると、空気が変わった。
榎島のメインストリートともいうべき、弁財天仲見世通りだ。榎島の入口から瑞心門まで続く、およそ百五十メートルほどの参道となっている。左右に海鮮グルメの食堂、土産物屋、小さな雑貨屋が軒を連ねていた。古びた木の看板と真新しいカフェの外装が入り混じっていて、さっきの橋の上の静けさとは別世界だった。
どこかの店先で焼いているせんべいの匂いが、真っ先に鼻を突いる。海鮮を焼く煙も混ざっていて、歩いているだけで腹が減ってきた。
汐織はきょろきょろと左右の店を見比べながら歩いている。あっちを向いたかと思えばすぐにこっちを見て、いつもの落ち着いた佇まいが、だいぶ崩れていた。
(なんか、ちょっと子どもっぽいな)
これは、別に悪い意味ではない。むしろ、普段の〝清楚可憐な篠宮汐織〟からはなかなか見られない姿だ。優等生で、面倒見もよくて、優しくて。少し大人びた要素を感じてしまう時もあるのだけれど、同い年の女の子だということを改めて認識できる。
仲見世通りを少し歩いたところで、汐織がこちらを見上げてきた。
「ねえ、麻貴くん」
「うん?」
「たこせんべい食べたい」
汐織が店のひとつを指差した。
参道の名物のひとつ、たこせんべいだ。通りの途中にある店の前には既に列ができていて、焼きたてのせんべいを手にした観光客がちらほら見える。丸ごとたこを二枚の鉄板で挟んでプレスするそうだ。テレビで見たことはあったが、実物は初めてだった。
「……ああ、うん。じゃあ、並ぼうか」
今日は御礼の日だ。食べたいと言うなら、もちろん買う。
ところが、汐織はすぐには動かなかった。
「でもね? あれも食べたいの」
そう言って汐織が指差したのは、少し先の路地の入口だった。そこにデニムまんの看板が出ている。中華まんの一種で、生地が青いのが特徴らしい。こちらも榎島名物のひとつだ。
「どっちも食べれば?」
「それだと、お昼が食べれなくなっちゃう」
汐織が眉を八の字にして、困ったように首を傾げた。本気で悩んでいるようだ。
そこで、でふと気づく。
彼女がわざわざ麻貴を呼びかけてきた理由。両方食べたいけど、ひとりで二つは多い。つまり──?
「あー……じゃあ、半分こする?」
麻貴がそう提案すると、汐織の顔がぱっと明るくなった。
「うんっ」
元気よく頷く。正解だったらしい。
最初からそう言えばいいのに、と思わなくもないが、こうやって察してもらうのを待つところが、いかにも汐織らしかった。台所に来たばかりの頃の汐織なら、たぶん「どっちでもいいよ」と言って、自分の希望を引っ込めていたに違いない。
それが今はこうして、ちょっとだけ回りくどい方法で「半分こしたい」と伝えてくる。それが少しだけ自分が彼女の中で特別なのだと思えて、嬉しかった。
それぞれの店に並んで、たこせんべいとデニムまんを購入した。ペットボトルのお茶もそれぞれ一本ずつ買う。
仲見世通りの端にある小さなベンチの前で立ち止まって、まずデニムまんを分けることにした。汐織が紙の包みを開いて、ふたつに割る。中身の餡がほぼ均等になるよう丁寧に分けていた。
「はい、麻貴くんの分」
「サンキュ」
受け取って、ひと口齧る。生地はもちもちしていて、中には角煮に似た甘辛い餡が入っていた。見た目は青くて少し不気味だが、普通に美味い。
「あ、美味しい」
「意外とちゃんとしてる。この外見で」
「青い食べ物ってあんまりないもんね」
そんな感想を言い合って、デニムまんを平らげた。
次はたこせんべいだ。だが、こちらは問題があった。
大きな一枚のせんべいで、しかも丸い。半分に割ろうとすると持ち手がひとつ足りなくなってしまうのだ。
「割ると食べづらいよね……?」
「逆側からそれぞれ食べていくか」
「あ、それいいね。そうしよ?」
汐織がせんべいの片端を持って、麻貴がもう片端を持つ。それぞれの端からかじっていく形だ。
かりっと香ばしい音がして、たこの風味が口の中に広がった。薄く延ばされた生地がぱりぱりで、これもまた美味い。だが──。
(逆側から食べていっても、いつか真ん中でぶつかるよな)
ふと、そんなことが頭を過った。
真ん中で、口とか鼻とかが当たったりして。
で、せんべい自体も触れ合って、間接キス。
いや、いやいや。高校生にもなって間接キスごときで動揺するのは恥ずかしい。あの嵐の夜、抱き合って眠ったこともあるのに、何を今さら。
そう思うものの、動揺してしまうのは仕方がなかった。意識した瞬間、せんべいをかじるペースが微妙に落ちた。
汐織のほうはまったく気にしていない様子で、ぱりぱりとせんべいを食べ進めている。
(意識してるの、俺だけなんだろうなぁ……)
ちょっと残念だが、これは自意識過剰な自分が悪い。せんべいの味に集中しろ。
食べ歩きしながら参道をさらに進む途中、しらすソフトクリームの看板が目に入った。麻貴が訊いた。
「あれは食べなくていいの?」
「しらすは、お昼に食べるから」
汐織はきっぱりと言い切った。迷いのない口調だ。昨日決めた「しらす丼」は、彼女の中で揺るぎない予定として確定しているらしい。
もはや食べ歩きで昼食兼用にしたほうが合理的ではないかとも思ったが、汐織にとっては「しらす丼を一緒に食べる」ということ自体に意味があるのかもしれない。
それとも、景色が綺麗なところで一緒に食べたいとか?
(……さすがにそれは考えすぎか)
自分の自意識過剰っぷりに、思わず苦笑いが漏れた。




