ドゥリオ
鉄と生臭い匂いが充満したその部屋に青年は立っていた。その表情は暗く、憂いを帯びたその視線は地面に向けて注がれていた。
「お前は…誰だ?」
「僕はドゥリオ、ドゥリオ・パルツ」
青年はなんてことない様子で答える。
「なぜこいつの名前を知っているんだ?」
「教えてもらったんだよ、人間から神になりたての時に」
「お前はここで何が起こってるのか知っているのか」
「そういう君もここで何が起こってるかわかってるんでしょ?」
ドゥリオと名乗る青年は何かを見透かしたような目でこちらを見つめる。
「あぁ…」
「人が神になる場所、ここはそういう場所だ」
ドゥリオと名乗る青年は床に刺さったドライバーを足でぐりぐりと踏み、肉をかき回している。
「そこにいるディマクラは技術の神だそうだよ。人間、ひいては生物が持つ技術を司っているらしい」
「技術を司ってどうするんだ?」
「さぁ?それを聞く前に彼は正気を失ってしまったからね、聞けずじまいさ」
「なぜ、正気を失ったんだ?」
「彼はこの部屋を酷く恐れていた。自分の柔らかな皮膚が硬い金属に覆われるのが怖いって言ってたよ。そんな部屋にいたんじゃ正気を失うのも無理はない、他の人だってそうだろ?」
「そう、だな…」
「この場所はそれぞれが恐怖しているものに変化するみたいだ。君には怖いもの、ある?」
「…強いて言うなら、忘れることだな」
「それは確かに怖いね」
ドゥリオはほんのりと笑みを浮かべ、初めてこちらの顔を見た。その顔には恐怖も焦りもなく、ただ壁に埋め込まれたディマクラを見つめていた。
「なんで」
「ん?」
「なんで名前なんかあるんだろう」
「ディマクラ、その神の名前だ。神なのに何で名前があるんだろう」
「それは…あれだ、名前がないと区別できないだろう」
「どうして区別する必要があるんだ?神は神だ、絶対的に存在しているのにどうして今更名前を刻む必要がある?名前なんて人間が生み出した脆弱なパーツに過ぎないだろう。人間が自分と周りを区別するために作った管理番号。自分が周りと違うと勘違いするための卑劣な手段だ。どうして分ける、どうしてバラバラにするんだ。みんな一つになれたらいいのに」
ドゥリオは床のドライバーを引き抜き、壁の目玉をドライバーで何度も刺し始める。こっちが聞いていようとも聞いてなかろうとも気にしない様子でドゥリオは息継ぎもせずズクズクと目玉を抉っている。彼のその様子を見ていると、嫌な予感がしてくる。
「白人、黒人、黄色人、男、女、分けて、区別して、違うから、同じだから、いい加減にしろ。そんな不安定さが自分達を殺しているのがわからないのか。名前、地位に縛られているからそんなことができるんだよ」
一回、百回、一万回。幾度もドライバーを突き刺す。
(機械なんて部品だらけのゴミクズの集まりじゃないか、それが嫌だってんだからぐちゃぐちゃに混ぜてやったってのに何だその目は)
「う…!?」
何だこれは、自分が考えてもいないようなことが勝手に頭の中に流れてくる。
ドゥリオはこちらを振り向き、歪な形で引き上がった口角を見せる。その顔から目玉がぼろりと落ちる。
「そうだ、これが正しい形だ。もう喋ることのない世界…みんないっしょ…」
「………」
(僕は統離神ニームシュ。人を分け、混ぜる神だ)
思考と感覚がぐちゃぐちゃと混ざって気持ち悪い。足元がぐらぐらとおぼつかない、足が崩れてしまいそうだ。
(人間も神も元は同じなんだ。混ざったっていいだろう)
「元…?」
(そうだ、神が人間を作り人間が神を作った。そんなサイクルは捨ててひとつに…)
指がポロポロと手から離れる。瞼は勝手に閉じて膝が逆方向に折れ曲がる。
(僕は君を歓迎するよ、ジム・ヘイター。君のことは一生涯、言葉を忘れても忘れない。君が忘れてしまった全てのことも)
「なにを…!?」
「k剣!Heぷxゃ?!」
聞き馴染みのある訳のわからない言語がの向こう側から聞こえる。
「oこ楽×和製。!」
ベタボトと内臓を撒き散らしながらロボットが壁を突き破ってきた。ロボットは手を振り上げニームシュに覆い被さる。
「っぐ!この!」
「荷gぇロ!」
ニームシュはロボットの胸を貫き、真っ二つに引き裂く。
「くそ…!」
ゆっくりと塞ぎかけている穴へと走り出す。
「待て!」
足に絡みつこうとする肉を振り払い、足の裏に突き刺さる金属片を気にすることなく走り続ける。
(くだらない考えを捨てろ!君はツシャの、神の思い通りに動かされているだけだ!物言わぬ機械のままでいいのか!木偶が!)
足の動きが少しずつ鈍くなってくるのを感じる。足音が迫ってくる。穴が狭まる。出口に向かって手を伸ばす。
「く、あぁっ!」
だが、駄目だ、届かない。手が、光が…
「しょ〜がないですね、猫の手ならぬツシャの手を貸してあげましょう」
閉じかけの穴から伸びた手が自分の手を掴む。肩を外さんばかりの勢いで手が引かれ、穴からズルリと体が出る。
「お久しぶりです。元気でしたか〜?」
自分の手を掴んだのは他でもない、ツシャだった。いつもなら憎らしく感じるニヤケ顔だが、今だけはありがたいものに思えた。
「ツシャ…!」
「間一髪でしたね〜」
壁の穴はネズミ一匹すら通らないほどに小さくなった。その奥から耳を切り裂くような声が聞こえる。
「ツシャぁ!!きさまはっ!」
怒号と共に右手が穴から突き出される。
「ふざけるなふざけるなふざけるな!おまえは!なにをしているのかわかってるのか!!」
「分かってますよ〜僕はそんなに馬鹿じゃあないです」
「そのおとこは!あの方の…!」
「ちょっと借りますよ」
ニームシュが次の言葉を喋ろうとした瞬間、自分の手に突き刺さっていた釘をツシャはいとも簡単に引き抜き、ニームシュの手に刺した。その手つきは軽く、滑らかで冷酷だった。
「…………」
手は少しだけ何かを求めた後、ガクリと垂れてしまった。もう壁の中からは何も聞こえない。
「じゃ、僕はこれで」
「待て」
呼び止めるとツシャはニヤリと笑いながら振り向く。
「ですよね〜気になりますよね〜何から聞きます?答えられる範囲で答えますよ」
「人はなぜ神になるんだ?お前たちはなぜ神にならせようとする?」
「それは僕もわからないですね。もっと偉い人…じゃなくて神が知ってると思います」
果たしてツシャは本当のことを言っているのだろうか、疑うことはいくらでもできる。だが今はこいつを信じる他ないだろう。
「わかった」
「あれ、素直。てっきり文句の2つや1つでるかと」
「それともう一つ、なぜ無関係の2つの神がこの場にいたんだ。今までそんなことはなかっただろう」
「それがですね〜神の力が強すぎてもう部屋同士がぐちゃぐちゃになってるんですよ〜。きっとこの先、息つく間もなく神に会う羽目になりますよ」
「そうか…」
「ジムさんなら大丈夫!きっとやり遂げられますよ!」
ツシャは自信満々にサムズアップをする。
「やり遂げた先に何があるんだ?」
そう言って顔を上げるが、そこにはもうツシャの姿は無かった。
残された自分は前に進むことしかできなかった。




