ノゥリトク
その姿は、神々しいなどという陳腐な言葉では言い表せないような雰囲気を纏っていた。自分が得てきた全ての語彙と知識を持ってしてもこの存在の100分の1ほども理解できないし、説明もできない。それほどまでに理不尽で、それほどまでに優しい存在が目の前にいた。
溶け落ちた蝋のような衝撃が自分の身体を固め、そこから動こうという考えすら湧かないほどに硬直していた。それが放つ光は自分の頭の中に言葉を浮かばせる。
「畏敬せよ、項垂れよ、植えられた種が発芽するその時まで抱えよ、崇めよ。植木鉢は守り、そして閉じ込める、突き破るその時まで種を抱え、安寧と激動の日々を」
次第に光が強くなってくる。光は自分の身体を貫き、削る。光を浴びていると体の感覚が消えてゆき、ただ心臓の鼓動だけが体に残る。
心臓の核に巣食う何かが心臓を食い破って出てきそうだ。体が窮屈でならない。今すぐ突き破って自由を得たい。
衝動が体を駆け巡る。高鳴りが胸から飛び出しそうになった瞬間、光が消えた。
「ぐ……!」
体が動くようになったかと思えば、突然恐怖で体が震え出した。
「う…ふ、はぁ…?!」
耐えきれず膝をついてしまう。失いそうになった何かを取り戻すかのように自分の身体を抱きしめる。震えが収まるまでの間、目の前のそれは沈黙し続けていた。
「……?」
恐る恐る顔を上げてみると、目の前には穏やかな顔をした天使の石像があった。身に纏っている衣服は風を受ければ揺れてしまいそうなほどに精巧に彫られている。手を伸ばすと石肌がボロボロと剥がれ、グロテスクな中身を晒しながら崩れ落ちた。
「………」
まだ震えの残る足で告解室へと歩き、左の部屋に入る。その一室の壁には夥しいほどの傷が刻まれていた。よほどの苦痛があったのか、その傷からは暗闇が流れている。キャメルはこの部屋でどんな顔をしていたのだろうか。
「ツシャ…いるのか…?」
「あれ、バレてました?」
さっきまで自分がいた部屋からふざけた調子の声が聞こえてくる。
「おかしぃですねぇ、気配は消してたんですけど。やっぱりここは隠れ場所にしては安直でしたかね」
「彼女は…キャメルは一体何になったんだ?」
「知りたいですか?」
「ここで知りたくないって言えないくらいにはこのわけのわからないゲームに巻き込まれてるんだ」
「ゲーム…まぁそうですね。いいですよ、教えましょ〜」
ツシャはもったいぶった様子で告解室の周りを歩いている。杖でもついているのか、コツコツと間の抜けたリズムを取っている。
「神ですよ、彼女は神になったんです」
「神?」
「ご存知でない?」
「いや…知ってはいるが、見たことはない」
「じゃあ良かったですね〜初神ですよ初神。しかも彼女は神の中ではかなりそれっぽい見た目してますからね。初神があれでよかったよかった」
「彼女は…なんの神になったんだ」
「え〜っと、なんだっけ…確か天啓神だったかな。名前はノゥリトク」
「天啓神?」
「人を目覚めさせる神ですよ。最初の神は彼女のおかげで産まれましたからね。すごい神ですよまったく」
「人を目覚めさせる…」
「あ、やばば。これ言っちゃいけなかったかな」
「目覚めた人間は…」
「次!次の部屋行きましょ!次だったら教えてくれますから!それじゃ!」
「ま…!」
ツシャの足音を追いかけて告解室を出る。
そこにはもうツシャの姿は無く、教会すらも無くなっていた。




