改定3 仕組みはわからんが便利だからそのまま使って気にしないこと、わりとある
その流れで、貴賓牢に連れていかれるはずだったのだ。本来なら。
主君のもとへ馳せ参ずべく、堂々と連れて行ってもらえるように、レルムは一生懸命に手加減しながら暴れたのだ。
城の一番目立つ中庭で。
王太子を片手に抱いたまま。
遅れてやってきた公爵家の当主も協力してくれた。レルムの意図を汲み、言葉巧みにそれとなく周囲の思考を誘導してくれたのだ。
だから腰を抜かした円卓のひとりが「とにかく誰か牢へ連れていけ」と叫んだときは密かに成功を確信した。
王太子は何故か大興奮していたが、流石に牢には連れていけない。キラキラの瞳でしがみつく少年を、さりげなく隊長に託した。あえて抵抗するそぶりを演じつつ、わざと殴られてまでおとなしく捕まってみせた。
実際にうまくいったと思う、そのままならば。
その場に、フレドリク王が現れなければ。
(あの男、余計なことを。「そこの興奮した平民、牢で頭を冷やしてから話をせよ。円卓は誰の口も封じない」なんてこと言い出して、そのせいで平民牢だ。軍服の刺繍を見れば騎士爵があると分かっていただろうに。
それにしても困った。この鉄格子おかしいぞ。触ったら痺れる金属があるなんて知らなかった。毒でも塗ってあるのか? とっとと脱走するつもりがとん挫した。…どうするかな…)
厄介な鉄格子を恨みがましく見つめ、レルムは深いため息をついた。
◆
平民牢の収容者はみな身一つだ。手荷物の一切を入牢時に没収され、手錠を科される。そこまでは知っていた。
だが服を脱がされたので、さすがに驚いた。何も持ち込めぬようにと聞かされ一瞬は納得しかけたものの、気づいて慌てて告げた。
「あ、いや。おれ入りたい牢が違うので。服いります」
しかし看守は「そうかい」と答えた。恐らく定型文だろう適当な言葉を発しつつ、おざなりな笑みを浮かべてレルムに告げた。
「大丈夫だ。全裸で過ごすといってもお前だけじゃない。牢のヤツは全員そうだ」
「…は?」
レルムは驚き、脱走のことを一瞬忘れた。
なにせ鳥頭だ。全裸でどうやったら生活できるというのか?!で頭がいっぱいになり、固まってしまった。その間に、二重扉の鍵が閉まる。
カシャンという施錠音で我にかえったときには、うっかりそのまま内部の廊下を歩かされていた。
(しまった。脱走タイミング逃した。まぁ…まだチャンスはあるな)
思いなおして、老齢の看守についていく。移送はやたらゆっくりで、やたら遠回りをした。どうやら、わざわざ他の牢の前を一周してから牢へ入れるらしい。
沸きたつ下品な野次を背に受け、レルムは呆れた。
(ああ、ガス抜きのためか。やり口が汚いなぁ…)
牢に入るのは犯罪者と確定した者だけではない。疑いをもたれて抗えず放り込まれる者もいる。のちに人違いが判明して無罪になった者が実際にいるのだ。
だからこそ公式の呼称はあくまで「収容者」だ。牢にいるだけの人間に対し「罪人」という言葉は使わない。
平民牢の理念「こころ貧しての罪は見守りにて贖える」に沿えば、こういった私刑じみたデモンストレーションは存在しないはずだが、実情は違うということだろう。
(従順ならざる者らを効率的に管理するための必要悪なんだろうが。無辜の民が紛れている可能性がある以上、悪しき慣習だ。見逃せない。ここを出たら円卓に報告書を出そう)
「円卓」とは、現在、国を動かしている中枢機関だ。ほぼ下級貴族と民間人で構成されており、「絶対正義」の名の下に、立法・行政・司法の権力をまとめて有する議会である。
(曲がりなりにも亡きアレイン陛下から権力を受け継いだ組織だ。実情を知れば是正に動くはず。
それはそれとして、今は自分のことだ。いつ動こうかな…)
装備がなく、手錠で両手が使えない程度のこと、いつでもどうにでもなる。
(でもな。おれが好きに動きすぎると、脆い民間人に被害が出かねないからな。慎重にいかないと)
そう考え、レルムは穏便な脱走をするベストなタイミングを見計らっていた。
看守が一番油断する瞬間、それは、収容後に扉を閉めた直後だ。
まだ鍵がかかっていなくとも、扉が閉まればそれだけで一仕事を終えたように、ほんのわずかに集中が途切れる。そのわずか、一呼吸にも満たないその時間があれば、たかが金属製の牢なんぞ簡単にブチ破れる。
(隙をついて脱走して、今度こそおれの主君の貴賓牢へ!)
そう虎視眈々と企んでいたレルムに、何も知らぬ看守が声をかけた。
「…お前、ちょっと危ないな。特別房がいいかもな」
温和そうな青年を連れ歩いた結果、看守は考えを変えていた。
いつもより野次が派手だったからだ。
平民には珍しいほど恵まれた体格の年若い青年だ。退屈を極めた収容人なら喜んで騒ぐだろうと予想はしていたが、あまりにも酷い反応だった。
何があってここに連れてこられたか知らないが、遅くにできた一人息子と変わらない年齢の子が下劣な野次を喰らって病む姿を見るはしのびない、老齢の看守はそう心を痛めていたのだ。
そこで彼は親切心から牢を変えることにした。
本来いれる予定の鉄格子を通り過ぎ、しっかりした壁のある扉の前で足をとめる。
「よし、ここだけは防音なんだ。ああいう声も届かないからな、安心して過ごせ」
扉を開ければ、そこは鉄格子でふたつに区分けされた部屋だった。
手前の空間には何もなく、区切られた奥の空間が牢になっている。
看守が開けた扉を背で抑えつつ、レルムを促した。さぁ中に入りな、とばかりに背をぽんと合図する。
「…!?」
その手が触れた瞬間、レルムは急に力が抜けた。膝から崩れ落ちる。
力を込めようとしても叶わない。異常な痺れに襲われ、体が動かない。
看守は「あー…そうだった」とのんびりぼやいた。
「そういや、特別房って何故かそうだったな。
入るときみんなそうなるんだ。魔法みたいだよな。なんてな。なんだろうな。
まぁ大丈夫、入っちまえばそのうち治るから」
軽い口調で慰め、扉を閉める。
うずくまるレルムの丸まった背をよいしょよいしょと転がし、牢の中に押し込んだ。
鉄格子の扉を閉めなおし、うんと大きく頷く。それから看守はのんびりと鍵をかけた。
「食事は3時間後だ。まぁゆっくりしていけ。じゃあな」
ゆったりとした動きで、人の良い看守は去っていった。
後に残されたレルムは慌てた。
痺れもかまわず暴れようとしたが、思うように動けない。横向きに寝そべった状態で、うごめくばかり。
閉まってしまった扉を恨めし気に睨むしかない。
そんなわけで、レルムはあっさり詰んだ。
しばらく待てば自然に痺れは消えたが、牢を破ることができなかった。
手錠は簡単だった。パキッとちぎってポイっとした。レルムからすれば通常の金属なんて割り箸と変わらない。
だが、部屋はそういかなかった。
一見して石造りの厚い壁は、殴ってみれば脆かった。最初はこれ幸いと喜んで砕いたわけだが、無念にもその奥に鉄板が存在した。
触っても痺れはしないが、やたらと柔らかくて頑丈だった。床も同様、穴を開けたいのに謎の鉄板が邪魔をする。
いっぱい殴っても感触が柔らかい。凹みはするが、それだけだ。
見た目は鉄っぽくても、間違いなくただの金属ではない。
鉄格子に至っては、扉と同じだった。触れるだけで力が抜ける。痺れる。そしてまたしばらく動けなくなる。
動こうとすると全身に強烈なダルさが生まれた。瞬きするだけでも、脱力に似た妙な痺れが身体を貫く。
その奇妙で不快な感覚を早くおさめるには、目を閉じて力を抜くに任せるしかなかった。
はぁ、とため息がでる。レルムは頭を抱えた。ぽつり、口から弱音がこぼれる。
(…当てが外れた)、と。
主君救出より暴れることが目的になっちゃっていた鳥頭でも、ちゃんとそれなりに計画をたてていたのだ。
貴賓牢へ連れていかれたのち、そこで主君と再会したならば、どうするか?を。
(妃殿下には目を閉じてもらって、とっとと場の制圧をすませる。
ベール代わりに俺のコートをかぶってもらって、格好よくエスコートをきめながら離宮にもどる。めでたし、めでたし。
完璧な計画だったのにな。あのとき、貴賓牢へ連行されていればなぁ…)
演劇でもあるまいしそれでめでたしとはならんだろ、後のことはどうするんだ、といったツッコミができる隊長はここにいない。
自由奔放に空想の翼を広げる鳥頭は、だんだんと眼の前の障害のことだけで頭がいっぱいになっていた。
(とりあえず攻撃箇所を1点に絞るか。だとすると床だな。強度が同じなら殴りやすいほうを狙おう)
◆
同時刻、レルムのいる牢の下の階。
謎の鉄板ごしに存在する特別房には、重犯罪歴をいくつももつ本物の罪人の男が入っていた。
特別房とは、看守の手に負えない収容人を一時的に収める懲罰部屋だ。
この罪人の男はそういった本来の意味で特別房を使う常連だった。
今回は左右の牢の収容者を同時に煽り、喧嘩をさせたことが理由だ。
それは凄まじい騒動になった。それを退屈しのぎにやってのけた男は、満足げにこう宣った。
「なかなか楽しめた、次もやろう」
据えた目の看守は、無言で男を特別房に放り込んだ。
触れば痺れる鉄格子、防音の閉鎖空間。圧迫感のある無音の空間にあっても、男を反省させることなどできない。男は馴染みの酒場にいるかのごとく平然とくつろいでいた。
だが、この日は違った。
破壊音がとどろいたのだ。
驚く罪人が見上げれば、やはり天井の奥から幾度も破壊音がする。しかも、心なしか揺れたように見えた。
(まさか)
よくよく見ても、やはり天井は揺れている。石造りの天井が。ビリビリ、と。
ピシッと軽い音が響き、とうとうヒビが入った。
「!?」
罪人が凝視するなか、天井からはパラパラと石の粉がおちてくる。小さな破片も。そして、とうとう砕けた。
大小の尖った石が降り注ぎ、男は慌てて牢の中を逃げまどった。
鉄格子のある四隅に安全を見出した男は、頭を抱えてうずくまる。
轟音は続く。何かとても硬い物が砕かれる音だ。
(なんなんだ?! これじゃまるで…上の階で魔獣が暴れているかのよう…な…)
ごくり、と息をのんで、罪人はそっと顔をあげた。
気になって天井をみてしまう。怖いのに。
天井の大部分は砕け、ほぼほぼ鉄板になっていた。錆びかけた鉄板の奥から重たい打撃音は続いているが、きちんと塞がっている。
(さすがに金属を壊せるはずがない)
男は心の底から安堵した。
「…へっ。驚かせやがって」
怯えて無様に丸まってしまった自分の姿は、誰にも見られていない。
ほっとすると同時に苛立ちがわき、罪人は伏せ字に値する罵詈雑言で負け惜しみを吐いた。
調子にのって天井の鉄板を睨みつけ…立ち尽くした。
鉄板がへこみ始めたからだ。
(ありえない。人間の業と思えない。上には何が…まさか本当に魔獣でもいるんじゃ、いや、いない、いるはずがない、魔獣なんておとぎ話だ。上の階にいるのも人間のはずだ。
でも、だったら…これは何だ。
何が起きているんだ、この部屋に…)
罪人の思考が、恐怖によって混乱しはじめた。
(異常なのはこの牢では。
鉄板が波打つなどありえない。あんな…まるで生き物のようにぐにゃりぐにゃりと…あれじゃ咀嚼じゃないか。
咀嚼。そうか…咀嚼だ。生きているのだ、この牢は。
この特別房そのものが…魔獣だ…魔獣は本当にいたのか…っ!)
男はふらついた。鉄格子を失念し、もたれかかり、力が抜けるがままに座り込む。
鉄格子を背もたれに、しびれ続ける身体のことなど考えられず、罪人は恐怖で呆然となった。
ただただ口をあけて上を見上げるしかできない。
彼の最大の不幸は、看守に存在を忘れられたことだろう。
特別房の損傷という前代未聞の事態に混乱した看守たちは、完全に日常業務がうわの空になってしまった。
その後の8日間、休み休み轟音は響き渡った。
食事だけは届く。だが、特別房は収容者の訴えが届く仕組みではない。叫んだとて声は届かない。だから部屋を変えてもらえない。
というか、部屋の状況に気づいてもらえない。
そこここ壊れて瓦礫だらけ、寝るところすら無いというのに…!
怯え疲れきった罪人は、不眠症に陥っていた。
騒動がおちつき、一息ついた頃、点呼が行われた。
そこで初めて特別房が使用中と思い出した当番の看守が慌てて迎えにいくと、そこにいたのは別人のようにおとなしくなった罪人だった。
その後の彼は、驚くほど模範的に過ごすようになった。そして、その階の収容者たちにひとつの怪談をもたらした。
その内容はおどおどろしく、本物の罪人たちに恐怖を与えた。
その怪談は看守伝いに他の階にも伝播し、後年、塔自体の老朽化で平民牢が閉鎖されるまで、語り継がれることとなる。
怪談の名は「特別房」。
内容を簡潔に要約し、教訓に直せばこうなる。
「悪いことをしたやつは、腹をすかせた特別房に食べられちゃうぞ。だから、いい子にしていようね」
元凶たるレルムが、その逸話を知る日は永遠にこない。
現実のパノプティコンは囚人の人権に配慮しつつ更生を促すために徹底的に監視を行うという、きちんとした理念の下で設計されています。
素人なりに調べたのですが、具体的な場所などがさっぱり分からず、最近になって「もしや実在していないのでは?」「本当はシステムとデザイン画だけの存在だったりして?」という疑惑が湧くほど困惑しています。…だってホント分かんない…楽しく読むけど、どれも似たような説明しか載ってない…どうしてなの…?
というわけで、この物語のパノプティコンの建物の形はモデルにしていますが、その歴史や建設された理由などの全てが創作です。
治安の悪さも創作です。
収容人揃って全裸生活も創作。
全裸引き回しパレードも創作。
扉や鉄格子を全裸で触ったら痺れちゃう特別房っていう代物も、もちろん創作です。
魔法が存在しないことになっているのに、旧王朝時代の建物には堂々と魔法が馴染んでいる、誰もが「こういうもの」と受け入れている、そんな世界観です。




