改訂2 近いと迷惑、遠いとほほえましい
離宮を出たレルムはまず城内への入城許可を求めた。
離宮警備隊は規模としては30人を超える小隊だが、書類上は城内警備を担当する第1隊の分隊である。
レルムが部隊章を示せばその場で入城許可がおりた。
城内に入るなり、レルムは速やかに貴賓牢への面会申請書を作成、提出した。
隊長の指示どおりの正攻法だ。
(妃殿下に会えさえすればこっちのもの)
しかし、申請書を手にした受付は、不可の印を押した。そしてレルムに戻しながら、こう告げた。
「申し訳ありません、お受けできず。
円卓の指示により、先日から貴賓牢への面会及び差し入れなど一切が禁止されております」
レルムは顔色を変えることなく頷いてみせた。
返された申請書を懐にしまいながら、思い出したように「そういえば」とつぶやいた。
「特別司法書記官殿の姿を見かけたのだが」
「ええ、戻られましたね。早朝にあわただしく出かけられたので、何事かと思いましたが…」
「女性を連れていた」
「そうです、そうです。驚きました。
その女性、随分と洗練された所作で明らかに尊きお方なのに、ベールも帽子も身につけておらず」
そこまで聞くと、レルムは受付に頷いてみせた。
「ありがとう」
「どういたしまして。お気をつけてお帰りください」
受付から離れたレルムは、城内の案内図を眺めながら考える。
これからどう動くか、ではない。
いかに分からせるか、である。
(連れ出しただけでも度し難いのに、ベールを身につける暇すら許さなかったのか。破廉恥なクソどもめ。
徹底的に話し合う必要があるな。しでかしたことの重大性をおれが分からせてやる…)
すんとした神妙な面持ちでありながら、彼の頭は怒りで煮えたぎっていた。
煮えたぎりすぎて、肝心の「主君の救出」という目的が頭からすっぽ抜け、手段であるはずの実力行使が目的にすりかわっていた。
鳥頭なのだ。
優秀なのは確かだが。
公式の彼の称号は「剣豪」。
旧王朝時代から続く由緒正しい総当たり戦での大会で、毎年100名のみが勝ち取れる武の達人である証だ。
非公式の彼の称号である「妃殿下狂い」「狂戦士」に関しては言うに及ばず。自業自得の結果である。
つまりレルムはちょっとした有名人だった。知る人ぞ知る話題の人ともいう。
軍だけでなく、城に仕える誰もが、彼の王太子妃アウローラへの崇拝には密かな熱い感情が潜んでいると悟っている。
特に、実際の暴走を目にすることがなく、報告でのみ彼を知る円卓にとって「王太子妃専属護衛官レルム卿」は良い娯楽だった。
離宮警備隊から服務規程違反審査請求書が届くつど「新作がきたよ」と皆で喜ぶ。
「若いっていいね」
「ね」
暴走するのも「若気の至り」。
身分違いの叶わぬ恋に耐えながら健気に仕える姿はまるで「奉仕する騎士」の献身のよう。
レルムに対して勝手に夢を抱き、ノスタルジーに酔い、報われぬ身に同情し、彼への評価を甘くしていく。
「設備を壊しちゃったかぁ」
「仕方ない、特別給付しちゃおうか」
「ポケットマネーでね。ちょっとだけね」
孫にお小遣い感覚で我も我もと封筒に現金をさしこみ、隊長の元に「修理代」として封筒だけが届く。
審査請求書の結果は届かない。
何故ならば、内容だけみれば除隊にせざるをえなくなるから。
「「「いなくなっちゃこまるよ、我らの貴重な気晴らし」」」
それが暗黙の総意だった。
隊長渾身の審査請求書は「未処理 (にしとく)箱」に溜まっていき、今日も自由な閲覧によって会議疲れのオジサマたちをほっこりさせている。
そのように(関わらなければ)「ほほえましい若者」として可愛がられがちなレルムは、例に違わず今回も(関わる側からすると)厄介な発想に至っていた。
(正攻法が通じなかった。ならば次の手としては…うん。だな。やむをえない)
レルムは決めた。
ちゃっかり言い訳を得たことにして、実行すべくふりかえったその時、隊長とバチィと目が合った。
背後には隊の仲間たちもいる。
どうやら王太子も一緒らしい、と、見えないが気配で気づいた。
目があったとたん、隊長は親しげに微笑んだ。レルムに向かって軽く片手を挙げてきた。
その目もとは柔らかく微笑んでいたが、視線は怒りと殺気に満ちていた。
(さすが隊長。もう来ちゃったか)
貴賓牢への突撃を断念したレルムは、すみやかにその場で直立し、敬礼で迎えた。
縦にも横にもデカいゴツい軍人たちが一堂そろうと圧迫感がアレ。
そう自覚している面々は、さりげなくレルムを囲み、すみやかに中庭へ連れ出した。
日勤の副隊長が王太子を肩車して中庭を一周しだす。
さりげなく庭の隅に移動した軍人の群れは、レルムと隊長を中心に据え、視線を遮るように円陣を組んだ。
出来上がった簡易闘技場で、レルムは無言の隊長から全力のげんこつを喰らったのを皮切りに、円陣からもボコボコに蹴られ殴られ口々に小声でののしられ、報復を食らうハメになった。
とはいえ、やたら頑丈で有名なレルムはノーダメージ。同僚たちのイラァッを浴びながら、レルムは端的に報告した。
「隊長。貴賓牢へのコンタクトが困難です。突撃許可を」
「するわけねーだろ。お前まさかと思うが「迷いこみました」は通じないからな」
じゃあ、とばかりに口を開いたレルムが声を発する前に隊長は釘を刺した。
「念のため言うが、間違っても書記官室へ情報をねだりに行くなよ。
状況が分からないっていうのは、どこがどこまで関わっているかも分からないって意味だからな。
そもそも貴賓牢にいるかすらまだ確認がとれていない」
レルムは遠く奥に見える棟を指さした。
「あそこにいます。けはいがあります。貴賓牢じゃないとしても、妃殿下は確実にあの中です」
隊長は絶句した。
レルムの階級では知るはずがない、まさしく貴賓牢がある棟だった。
「…どうなっているんだ…お前は…」
思わずうめくも隊長はレルムに慣れていた。すぐさま切り替えた。
「レルム、「待て」だ。情報をやるから、俺の指揮下にいろ」
「休暇中ですが?」
「不受理だ。今のお前は脱走犬だ。捕獲されたからには観念しろ。仕事しろ。「待て」できるよな、妃殿下のためなら」
軍用犬扱いは不本意だが、他は納得できた。情報も欲しい。レルムは「了解」と敬礼した。
厄介な部下を仕事モードにすることに成功した隊長は考えた。
(勝手に暴走されてたまるか。こうなったら手もとで制御するしかない)
というわけで、隊長はレルムを大人しくさせるためにご褒美を与えた。公爵家とのやりとりを教えてやったのだ。
公爵家は王太子妃アウローラの実家である。
離宮や警備隊そのものは円卓の財産だが、現在、運営費用の全ては公爵家が負担している。実は離宮警備隊の給料も公爵家が担っている。
円卓は軍に関わりたがらず、命令系統として異例なことに、離宮警備隊に関しては公爵家当主が円卓に代わって管理をしていた。
そんな公爵家当主フューセルが、一人娘の強制連行事件を受けて、離宮の支援を取りやめると決めたこと。
既に令嬢らの避難が完了しており、下働きたちも解散して離宮は空になっていること。
「司法書記官への抗議文は、もろもろの手続きこみでフューセル閣下が担当してくださるそうだ。
今、公爵家と王太子殿下の連名で円卓へ届け出てくださっている。
今後の俺たちは実働部隊だ。てめぇが暴れなければ夜勤組も今ここに来れただろうな。
そうだな、あいつらの分もいるな」
ふと気づいた隊長から再度げんこつをくらいつつ、レルムは「アルフレッド殿下はどうなりますか」と肩車を楽しむ少年を眺めた。
「王太子殿下も別邸へ避難を…と、できたら話は早いんだがな。円卓の判断なしに外部へ連れ出すわけにはいかない。
下手すると報復で誘拐しかえしたと見做されかねない。
円卓と公爵家の全面戦争は避けたいとフューセル閣下はお考えだ。
事が収まるまで、王太子殿下は城住まいになるだろう」
「あれ? レルムがひとりだ!」
王太子が、副隊長の肩車にのったまま、こちらをみて声を張り上げた。
隊長が「こい」と手信号を送り、それに応えた副隊長がこちらにやってきて、王太子を慎重にその背からおろした。
「ありがとう、ロイ。楽しかった。お城って初めてきたよ。大きいね。
僕、レルムはアウローラと一緒にいると思っていた。アウローラはどこ?」
開きかけたレルムの口を、隊長が素早く覆った。
「こどもへの配慮って言葉を知っているか」
もちろんだ、とレルムは首をふることで答える。
「そうか。自覚がないか。そのまま二度と口を開くな」
隊長はデカいがレルムもわりとデカい。頭上はるか上で交わされる会話が聞こえなかった王太子は、愛らしく小首をかしげて様子をうかがっていた。
隊長は、王太子の足元に跪いた。
「妃殿下は、城内におります。
忙しいらしく、少しばかりお会いになれない日がでてくるようですが、殿下には我らが。
どうか安心してお過ごしください」
優しいほほえみを浮かべ、隊長は手信号を出した。
すぐさま場にいる警備隊の全員がその場で一斉に跪き、礼をとった。隊長が号令をかける。
「王太子殿下に忠誠を」
「「「「「「「「「忠誠を」」」」」」」」」
王太子は顔を輝かせて喜んだ。
「やっぱり僕の護衛隊はすごくかっこいい! みんな大好きだ!」
さて、このとき城の働く公僕らはちょうど休憩時間に入っていた。
中庭はにぎわっていて、麗しい少年に筋骨隆々の城兵が揃って礼をとる姿をたくさんの人間が目撃した。
サージェントは武人だ。忠誠に価値を見出し、それを捧げることこそ本望であり誠意だとする昔ながらの無骨な男だった。
警備隊の隊長として、護衛官の筆頭として、幼き主君に不安を与えぬよう全力を出した結果だった。
なので、その直後に起きたことは決して彼が狙ったものではない。
狙ったものではなかったが、場所も時間帯も最悪だったとしかいいようがない。
日常に追われ、ようやくひと息をついたタイミングの公僕たちにとって、その光景はすばらしく心に残るものだった。
初めて見る高貴なる少年の麗しいかんばせも含め、まさしく劇的。
一気に興奮したのだ。
(((あれが噂の王太子妃の、その夫!!)))
中庭は、城を正面に、三方を塔で囲んだような造りになっている。
その窓から、出入口から、たくさんの人間が一目見んと集まってきたのだ。
それだけではなく、我さきに騒ぎ始めた。
自分が知っていることを口々に、そこにたった9才の少年がいることなどお構いなく。
愛らしいわ。初めて顔を見た。王太子妃が品位に欠ける行いを。一体どんな。それがね。まぁそんな! 逮捕されたとか。金髪は王似ね。昨夜の話だな。お忍びを。脱獄したと言う話は。円卓が動いた。瞳が素敵。いや早朝だ。おかしい昨夜と聞いたぞ。美しい顔だ。次代の飾りにちょうどいい。横領を強いたというのは本当か。おい、不敬だぞ。商人街で売り子。貴公子との愛憎劇。品位にかけるとはつまり。
凄まじい騒ぎに、警備隊はうろたえた。
隊長が青ざめ、とっさに王太子の耳をふさいだものの、もう遅い。
賢い王太子はアウローラの身に何かが起きたことに気づいてしまった。
そこからはもう質問攻めだ。
周囲の発言を単語で聞き集め、隊長に聞く。
副隊長にも聞く。
レルムには聞かない。賢い王太子には彼が難しいことに向かない鳥頭だとバレている。
レルム以外の隊員へも次々に詰め寄り、あいまいににごした言葉から不吉な予感を強めた。
愛らしいかんばせは、興奮で真っ赤に染まりはじめた。
眺めていた野次馬たちは察した。幼い王太子は何も知らない、ということを。
そうなれば、ほとんどの者が我にかえった。
気まずそうに黙る者、さっとその場を離れる者が続出する。
しかし、野次馬のなかには本物の「こどもへの配慮がない」状態を好む下世話な輩が混ざっていた。
誰が発したかわからぬ位置から、故意に易しい言葉で簡潔に説明してしまったのだ。
理解した王太子は激怒した。
「お、おかしいよ! 嘘だよ、そんなの! 何でこんな変なことになっているの!」
いたいけな少年の怒鳴り声が痛ましく、誰も目を合わせられない。
だがレルムは違う。
レルムは今をチャンスと判断した。
(騎士爵が役に立つ! 騒いで城兵を誘き出して、貴賓牢に連れて行ってもらおう!)
レルムは大きく息を吸い込んだ。
「王太子妃殿下に罪はない! 即刻の釈放を要求する!!」
レルムも武人だ。発声は得意分野だ。
いきなりよく通る美声で叫びだしたレルムに、隊長は目をむいた。
「嘘だろてめぇ正気か!?」
慌てて副隊長が黙らせにかかるが、レルムは素早く逃げた。するりと身を引き、王太子を片手に抱き上げた。そしてまた叫んだ。
「5年前の成婚から今朝に至るまで妃殿下は離宮を出たことはない! これは冤罪だ! 不当逮捕だ!」
王太子も叫んだ。
「そうだよ! アウローラは悪いことなにもしてない!」
黙れバカやめろアホなに考えてんだ死ぬ気かと黙らせにかかる同僚を軽やかにあしらいながら、レルムはさらに叫んだ。
「無辜のレディを釈放せよ! 証拠なく強制連行するなど人倫に悖る愚行である!」
「アウローラを返して! ずっといい子にしてるのに酷いよ、おかしいよ!」
隊長は立ち尽くした。
天を仰ぎ、目を閉じて、歯を食いしばる。レルムの狙いに気づいたのだ。そして絞り出すようにうめいた。
「…後始末、結局は俺なんだよ…」
騒ぎを聞きつけて城兵が集まってくる。
遠くからフューセルが走り寄る姿も見える。
叫びながら、レルムはまた思いついた。
(よし、ひと暴れするか)
円卓は、ちょっと夢見がちで正義心が強いだけで、基本的に気のいいおじちゃんたちの集まりです。
公私混同している自覚はありません。
栄えある円卓に名を連ねるにふさわしい公正な人間だと自負しています。




