改定1 はじまりは唐突に
近世ヨーロッパの雰囲気を取り入れただけで、オリジナルの歴史観、世界観です。
円卓…議会の名称。国会かつ内閣かつ裁判所を兼ねたような中央集権を極めた国の中枢機関。
その日、離宮の朝食室はいつもどおり賑やかだった。
侍女見習いの令嬢らはおしゃべりに夢中、メイド見習いの娘たちは美容に良い高価な香草スープをせっせとおかわり。
アウローラも、いつもどおり同じテーブルを囲んでいた。
いつもどおりにおねぼうした王太子を起こしに行かねばと頭の片隅で考えながら、隣に座る幼い行儀見習いにかかりきりになっていた。
「わたくしのかわいい小さなレディ。おくちはパンがお好きね? おめめはデザートがお好きなようね?」
「ぱんすき。くだものもすき。さいごにたべるの」
「そうよね。ところで、あなたの目の前にある子をごらんになって? さぁもう分かるわね?」
「わかんない。みえない」
「香草のスープよ。少々独特の風味があるのは認めるわ。けど滋養は重要。さぁ、どうぞ」
「みえなかった。あるのわかんなかった。のめない」
「うふふ。このやりとりも毎朝のお約束。わたくし、あなたが本気を出せば飲めることを知っているの。今日のオヤツが何かごぞんじ? アイスクリン」
「のむ」
腹を括った後は潔かった。さすがは若干5才で離宮預かりになる将来有望女児。息を止めて飲みはじめた隙に、アウローラもせっせと食べすすめる。褒めるタイミングを見計らう。
そんないつもどおりの空間に、突如として侵入者が現れた。
警備隊の目をかいくぐり、女性の園たる離宮に、それも女主人がいる部屋にまで乗り込んできたのだ。ありえない事態だ。
侵入を果たした壮年の男は特別司法書記官と名乗った。
円卓直属の事務官らの長で、一般には裁判でしかお目にかかれない司法官憲だ。
名乗り終わるやいなや、後ろから続々と現れた城兵が『誰も動くな』という鋭い号令を発した。
強い語気は荒事に無縁な貴族令嬢らを怯えさせた。命令され慣れた平民娘らをも、中途半端な姿勢で固めてしまった。
アウローラも驚いた。つい動きが止まる。困惑と疑問が、じわじわと込み上げてくる。
様々な反応を示す大人たちのそばで、女児だけが動じなかった。大きな瞳で闖入者を「なにアレ変なヤツら」と眺めながら飲み終わり、「のめたわ」とすみやかに褒めを要求した。肝が太い。
その愛らしい無言の圧に救われたアウローラは、なんとか応えながら横目で城兵の制服を確認した。
(城兵の階級が上層部のもの…直々に? まさか偽物? いえ、そんなはずは…でも、…なにが起きているの?!)
ピリリと不穏な空気のなか、無礼な男は一枚の逮捕状を回りにみせつけた。
そして、挨拶すら省略して王太子妃に速やかな退去を一方的に要求した。
お飾りとはいえ王太子妃である。
若干19歳。壮年の男からすればたかが小娘にすぎないとしても、最高位の貴人として舐められるわけにはいかない。
アウローラは淑女の微笑みを保つことで意を示した。
何故かやたらとせかす男に対し、威厳で対峙することを決めた。
穏やかな口調と毅然とした態度で、今この場に兵を連れた男がいることの違法性を暗に責めた。
しかし、男は全てを無視した。
言動に威圧と暗に脅迫すらにじませながら、一方的な要求を繰り返してくる。
ひたすらに「速やかに同行するように」と圧を発してくる。
逮捕される心当たりのないアウローラとしては戦うしかない。
警備隊が来るまで持ちこたえねばと必死に舌を動かし、上品な所作と視線で兵を牽制し、幾度かの応酬を重ね、何とか連行理由を引き出した。
しかし、不可解がすぎると身体も思考も止まるらしい。
アウローラの罪は、王太子妃にあるまじき品性の欠落と、公務予算の横領。…だそうだ。
具体的にいえば、優秀で見目麗しい令息や一般市民を私的に独占支配し、公序良俗に反する無理を強いるなど秩序を乱した罪。
また、公務のための予算を名誉市民たる商人を通じて着服し、慣習を無視して職人見習いを直接雇ったうえ自らが売り子となって奇怪な商品を売りさばき、あげく国外への販売ルートを独自に開拓した罪。…だという。
なんのこっちゃ。アウローラは言葉を失った。
場にいる女性全員の脳裏に「??」が浮かんだ。その表情は素直に唖然としていた。
彼女たちは離宮の女主人を知っている。その立場も、人柄も、なんなら習性も。
(((離宮管理と教師をやりながら幼児のお世話もこなす実質的権威ゼロの活字中毒者が、いつどうやったらそんなことができると???)))
アウローラも唖然とした。
思考停止しているうちに、要人の扱いに慣れた屈強な城兵からごく自然にお姫様抱っこされていた。
我に返った時には、馬車の中。お持ち運ばれたアウローラは、身一つで貴賓牢に勾留されてしまっていた。
◆
アウローラが強制連行されている頃、レルムは詰所にいた。
所属する一小隊「離宮警備隊」の本拠だ。
ちょうど朝礼中だった。
野郎だけの空間は楽である。だた、暑苦しい。
詰所は決して狭くないが、どいつもこいつも体格がよろしいために広いはずの室内が圧迫感で満たされている。
窓からは心地よい風が常に通り抜けているが、熱気に負けて存在感が薄い。
真面目に人員点呼を受けながら、レルムの本心は「早く妃殿下のトコ帰りたい」だった。
いつもと変わりなく淡々と引き継ぎが終わり、あとはサージェント隊長からの訓示をうけるだけとなったタイミングで、門で警備をしているはずの番兵のひとりが駆け込んできた。
「緊急報告します。特別司法書記官を名乗る男により、アウローラ妃殿下が連行されました」
場に緊張がはしった。
「書記官…司法官憲だと? どういうことだ、入宮許可証をみせろ」
「ありません。手続きを無視されました。携えていたのは円卓の逮捕状のみ」
「馬鹿な! なぜ通した!」
「城兵4名に取り押さえられ、阻めませんでした!」
いわく、いきなり現れた第1隊近衛に所属する幹部城兵6名から、いきなり拘束されたのだという。その隙に逮捕状を掲げた見知らぬ男が役職名と用件を名乗りながら離宮内に突入していったのだと番兵は報告した。
「…本物か?!」
「書記官は判断不能です。我らは本物の顔を知りません。しかし城兵は本物でした」
「連行理由は!」
「品性の欠落、横領、といった内容を発言していたようですが、なにぶん口早に告げられ、正確には聞きとれず」
「ありえん! やり口が完全に誘拐だぞ。よりにもよって司法官憲がなにやってんだ、正気か!?」
隊長の怒号に、番兵は殊勝な顔で同意を示した。
「詰所への即時連絡が不可能でした。
戻ってきた書記官が妃殿下を連れ去り、すでに20分は経過しています。しばらく残っていた城兵がようやく我らを解放して去ったため、こうして、報告…に…」
ふと日勤の列に視線をやった番兵が、みるまに青ざめた。眼が合うレルムは小首を傾げてみせる。
(続きは? その城兵の名は? とっとと吐こうか)
そう言外に匂わせながら、じっと同僚を見つめた。
レルムの威圧に気付いたのは、彼をはさんで並ぶ副隊長2名。
屈強揃いの軍の中でも特に体格の良いふたりが、レルムの頭ごしに素早く目くばせを交わした。そして左右からレルムの肩に片手を置いた。
まるで仲間を優しくなだめるような所作だが、力加減はそんな優しい感じではない。
暴れる罪人を取り押さえるがごとく、レルムはゴッツイ手で押さえつけられた。さらに腕をわし掴まれた。あきらかに拘束狙いだったので、されるいわれがないレルムは拒否することにした。
副隊長の無粋な手を打ち払う。ペペチン、とかわいらしい音がした。
レルムは無言だ。静かに軽やかに何の躊躇なく、副隊長それぞれの肘関節を逆手につかみあげた。
指先を骨と筋肉の隙間にくいこませ、そのままひねりあげれば、ふたりは同時にうめき声をあげて崩れおちた。
「レルム、落ち着け。戦力を減らすな」
サージェント隊長が睨みつけてくるのを、静かに睨み返す。
「妃殿下が心配なのはわかる。だが、ここは戦場じゃない。敵に囚われたわけでもない。妃殿下の安全は守られる。まず落ち着け。
お前は妃殿下専属護衛官だが、所属は警備隊だ。ならば警備の隙をつかれたことを問題としろ。
我らに連絡なく押し入った第1隊の幹部に抗議をいれるぞ。司法官憲だろうが幹部城兵だろうが、筋通さぬは国の恥だ。徹底的に問い詰めてやる。
それから離宮の警備が空になるタイミングで現れたことを偶然と考えるな。
情報漏洩も視野にいれ、早急に警備体制を見直す必要が」
「妃殿下専属護衛官レルム、これより離宮を離れる許可をいただきたく」
「却下する。聞け。まずは報告だ。それから準備だ。王太子に早めのご起床を願い、封蝋をいただいたうえで公爵家へ先ぶれを放つ。それまでお前はここで待機だ」
「ならば休暇を申請します」
レルムは静かに告げた。
「休日をとれ。出かけろ。色んな人に会え。外で痛い目をみろ。常識を思い知ってから戻ってこい。そう優しく気遣ってくれる隊長の望みを今こそ叶えます。
休みを使って出かけ、ちゃんと痛い目みせてきます。それで、たまたま妃殿下にバッタリお会いして、ちゃんと離宮にエスコートして戻ってきます。
後、よろしくお願いします」
「おいおいおいおいおいおいおいおいレルム、てめぇ待てコラ、許すはずないだろ止まれアホ! 待てって。…コイツぶち切れていやがる、止まれ、お前ら全員手伝え! こいつ捕まえろ! 何してもいい、落ち着かせろ、水もってこい、ひっかけて…いや仲間をブン投げるな! てめぇ俺が上司だぞ指示に従えこの「妃殿下狂い」が、…待て。…止まれ。…本当、待って…この後も仕事あんだぞ…だから…マジかよだったらせめて正攻法でやれえええぇぇぇ」
野太い怒号と何かが壊れる音ともに、詰所の出入り口から隊長が空を舞って飛び出した。巨体は訓練場方面へ吹っ飛び、土の地面を転がりながら数度バウンドしてようやく止まった。
すぐに立ち上がれず、うめく。数秒後、騒がしい詰所が急に静まりかえった。
少しして、出入口からレルムが姿を現した。ゆっくりと軍靴を鳴らして倒れ伏した隊長に歩み寄り、ゆっくりと身を屈めて――その背に、そっと休暇申請書を乗せた。
その上で、「お先に失礼します」と完璧な敬礼を決める。動けない隊長をそのまま放置し、レルムはゆっくりと離宮門へ去って行った。
コツ…コツ…と軍靴の音が遠くなった頃、隊長はなんとか身を起こせるようになった。ほふく前進のごとく上腕で身体を支えながら様子をうかがえば、出入り口で腰をぬかす番兵が見える。静まりかえる詰所から、仲間の状態を悟る。
「まとめて黙らせやがったな、狂戦士め。日勤は使い物になるか…? 使うしかないが」
平均年齢36歳の隊の中で、レルムは最年少の19歳。
品行方正で、優秀。規律に従順で素直。職務に精励し、面倒な事務も厭わない。ねたみ私怨もあろうがただ純粋に可愛さあまって「ちょっかい」をかける不器用な連中にも礼儀正しく接しており、訓練となれば完膚なきまで分からせる程度にしたたかさも理性もある。
王太子との仲は良好で、絶大なる信頼を得ており、勤務中も温和で目立たずそこらの地味な青年と変わりない…ように、みえる。
アウローラが平和に過ごしてさえいれば。
「妃殿下がらみでブチ切れるの何十回目だよ…普通はとっくに除隊だぞ。服務規程違反審査請求書どうなったよ。追加で何回もだしているのに、音沙汰ねぇ…
円卓、しっかりしてくれ…俺の手に負えねぇ…」
思わず弱音がこぼれるも、詰所の出入り口から部下が何人もヨレヨレ走り寄ってくる姿を見れば、隊長としてしっかりせざるをえない。
「お前ら日勤だよな」
「はい」
「他のやつらは」
「軽傷です。夜勤はのきなみ気絶しましたが」
「仮眠室にぶちこめ。起きたら寮へ帰れとメモを残しておけ」
「了解」
(今日の警護に問題なければもういいかぁ)
そう隊長は考えた。
(とりあえず公爵家への連絡が先だな。先ぶれ、俺が行こうかな。戻りに油菓子でも買って、部下に差し入れを)
などと思いを巡らせつつ、彼は隊長の矜持でもって堂々と立ち上がる。
的確に支持を出す隊長と速やかに応える隊員はもう普段どおり優秀で勤勉な頼もしい軍人である。
レルムの暴走などなかったように、なんならレルムという厄介な部下など存在しないかのように、それぞれが職務に没頭していった。
隊長サージェント(37)代々近衛を輩出する軍属一族の次男坊。愛読書は「王と騎士」。滅びかけた国を守り続ける忠義の騎士が、理想の王と出会い国を栄光に導く物語。
副隊長2名…ちゃんと強い。優秀。




