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22 自己流だけの限界は身体の故障として現れがち

「すごい手腕だね、サージェント君。あの狂戦士が躾の行き届いた犬のごとく」


フューセルの称賛に、隊長は礼儀正しく黙礼で応えた。「妃殿下を餌にすればチョロいんです」などとは口が裂けても言えない。


「ふむ。サージェント君が時間を稼いでくれたおかげで、諸々に間に合いそうだ。

ライリー君も悪いね、雑用ばかりさせて。謝礼は弾ませてもらうつもりだけど…申し訳ない、まだこれからも頼っていて大丈夫かな?」

眉尻を下げたフューセル公爵から直接に声をかけられ、平民のライリーが一瞬飛び上がるほど驚き、コクコク頷いた。

「あ、は、はい。おれ、いやわたしでよろしければ、喜んで…!」

フューセルが、へらりと笑った。

「いやぁ本当に助かるよ。うん? どうしたの、何か気になることが?」


「は…恐れながら、男が外出したことが気になりまして」

言葉では濁したライリーだが、その目は不安と警戒でピリついている。

「君は警ら隊だもんね…円卓を壊滅させた凶悪犯が市街を通ると思うと不安だよね」

「…王都市街の安全を守るのが自分の任務ですから」

「それはそう。ふつうであればね。安心してくれ、彼につけた侍従は軍用犬訓練士でもある」

「軍用犬訓練士、ですか」それのどこに安心の要素が? という疑問をあからさまに顔に出すライリーに、サージェントが重々しく頷いてみせた。

「使役するにふさわしい人選です。往復させる程度なら何も問題は起きないでしょう」

「道中は馬車だしね。市街に何の影響ももたらさないと断言しよう。

正直ね、彼のために動く時間すら惜しい状況なのだよ、今。ちょっと国が滅びかけているからさぁ」


「…は…?」


「空いた円卓の席を、いったん仮に埋める必要があるのさ。その各方面の調整で、今、ぼく、てんてこまいなんだ。

できれば無事がわかった娘への貢物を選ぶほうに集中したいのが本音なんだけど、あいにく時間が経てば経つほど欲をだした貴族たちが増えて派閥争いが激化して、国そのものが分裂しそうで」

「は」


「それで公爵の僕が先手を打つってこと。手紙でね、君らの仲間うちで仮の円卓を1名決めておくれ、日付指定したから、その日までに仮の円卓を揃えて、正式な円卓を決める選出会するよって、ひとりしか名前が書けない券を添えて連絡したところなのだよ。

ややこしいけど、円卓を選出するのも円卓の仕事だからね。完全に公平とはいかないが、できれば今度こそ本当に国民全員の意見が反映された議会制を実現する円卓がみたいからね。思いつく限り色んな方面に届くよう手配したけど、さて…どうなるやら」


「?? ええ…と、円卓それ自体が民の総意が反映されるシステムなのでは…?」

ライリーが恐る恐るフューセルに問う。

「形だけはね。実際は絶対王政と変わらなかったんだ」残念だね、と眉尻を下げるフューセルに、ライリーが理解できずに目を白黒させている。


見かねたサージェントが口をはさむ。


「発言を許可いただけますか、閣下」

「どうぞ。この場では誰でも自由にお話ください」

「ご慈悲に感謝いたします。…昨夜の事件、自分は詳細まで把握しておりません。閣下はご存じでしょうか?」

フューセルはサージェントに王城からの現状報告をみせた。


城兵と円卓の全員死亡が確認されたこと。王だけは生き残ったものの喉と顔の傷が深く、後遺症が残るだろうとのこと。


(おそらくもう魔法は使えまい)

そう思いながら、報告書を読むサージェントを眺める。


サージェントが顔をあげた。

「…王城が把握している事実は、これで以上でしょうか?」

「現段階ではね」


 犯人の情報は、単独犯、全裸での犯行、年齢不明、灰色がかった鈍色の髪をした体格の良い無精ひげの男、犯行後に血まみれのまま去った。それのみである。


 レルムは平民牢の石壁を壊して全身が石粉や埃にまみれていたため、髪色の印象が変わっていたらしい。本来は青みがかった黒、この国の平民によくでる髪色のひとつだ。顔立ちにもさほど特徴がない、しばらくは特定されないだろう。


だが、いずれは候補にあがるはずだ。ひとりで城兵一小隊を壊滅させるほどの腕をもつ者。犯行現場で王太子妃が行方不明になった当日の襲撃。

剣豪の称号をもつ護衛官の、王太子妃への崇拝は有名だ。タイミングがあからさますぎて隠しきれない。


もはやレルムがこの国で生きることは不可能だ。


「この殺人犯は公式ではどんな扱いになりますか」

「通常通りの裁判は無理だ。このまま行方不明になってもらう。正式な円卓が軌道にのり次第アウローラの冤罪を晴らすと同時に、殺人犯も特殊流刑を既に執行済と発表することで今回の幕を完全に下ろす。…怪談になるかもね。円卓の」

サージェントは頷いた。


オルテシアが「神域投影」を発動し解析したことで、遺物の中にひとつの次元が存在し、その世界でアウローラが生きていることが判明した。それと同時に、一度そちらに行った者は決して取り戻せないこともわかる。


理解を拒んだアルフレッドが騒ぎだし、力を使おうとしたらしく鼻血を出した。

白目をむいて倒れた幼子の頭をオルテシアがそっと撫でながら祈れば、とたんにアルフレッドの興奮がおちつき、ライリーによりソファへ寝かされる。彼はアルフレッドが喉に落ちた鼻血で咳き込むと、服が汚れるのも厭わず膝枕をして髪を撫でてあやしはじめる。


静かに泣くアルフレッドから目をそらし、サージェントはレルムをその世界に送り出すことを提案した。


公爵も頷いた。僕もそれしかないと思っていた、と。


再び狂乱するかと思われたアルフレッドは、しかし沈黙を保っていた。その表情は青ざめ、年齢にそぐわない絶望の目を見開きながら小刻みに震えていた。



この場でライリーだけがほとんどなにも知らない。

わからないまま、悲愴な様子の少年に心を傾け、同情し、戸惑い、ただただ傍に寄り添い、アルフレッドの手を握っている。


レルムには今日のうちに二度と戻れぬ遺物の中へ旅立ってもらう。

それを逃亡ほう助とみるか、私的処刑とみるか。

後年の判断に委ねる覚悟を男たちは決めていた。



サージェントは平民牢での出来事を思いかえしていた。


アルフレッドとの会話中に急に頭が重くなり、言うつもりのなかったことまで口を滑らしたこと。


アルフレッドの目を見てから視界が暗転し、ぴくりとも動けなくなった身体のこと。ただこのとき耳だけは生きていて、そのときに聞こえた会話はサージェントからしてとても奇妙なものだった。


部下の静かな叱責と、泣くのを我慢して必死に怒ろうとする怯えた主君の叫び。その嘆願と殲滅を命じる美しい声。そして、風のように去った誰かのけはい。


思考が働かぬ状態から、急に身体の制御を取り戻したとき、アルフレッドは吐血しながらうずくまっていた。

あの時は何が何だかわからず困惑したが、今思えばあれは…。




頭をふったサージェントは単純に考えることにした。


王太子可愛さに自ら捨て駒になったのだろう部下への同情心。

非戦闘員である円卓と、職務から逃げず立ち向かって殺されただろう城兵の双方の命の価値。


命を消しても事実は消えない。


例え幼子に唆されたのだとしても、そのことを表ざたにできない以上、やはり罪の全ては彼ひとりにある。


(あがな)うしかないのだ、レルムは。



通常、王家の直系たちの魔法は常時発動が基本です。

楽にしていると周囲をほぼ自動で魅了しちゃう。

オルテシアはそれが嫌でずっと自ら魔法を封じて生きていました。

アルフレッドも軽くですが常時発動の魅了がありますが、それより美貌が際立っているのであんまり意味はないようです。

アウローラに会うまでは実質的に王の捨て子であり、誰もが責任を避け最低限の世話しかされずにいたため、実は心の奥で人間不信が根深く巣くっています。

アウローラとレルム以外の人間に関して、あまり興味もないしその認識は冷ややかです。

自分の特技である能力についてレルムと使わないよう約束はしていましたが、影でこっそり練習を繰り返して能力の精度を高めており、自分に万能感を抱いていました。

実際、彼の才能はとびぬけており、直系のオルテシアほどではありませんが、実父フレドリクよりも強い力の持ち主です。

でも残念ながら全て自己流のため無理な発動になってしまいました…呪いほどじゃなくても寿命が縮まってもおかしくない負荷です。

父親のフレドリクには憎しみたっぷりですが、息子のアルフレッドは別。と、考えているオルテシアが密かに治療しましたが、恐らく同じことをまたやろうとすればアルフレッドにはその場で命に係わる負荷がかかると予想しており、少年の力の制御を内心で模索中です。


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