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【229 第一次西部攻略戦(二十五) ~『防衛圏』と『防衛網』~】


【229 第一次西部攻略戦(二十五) ~『防衛圏』と『防衛網』~】



〔本編〕

 森の中で敵の罠に陥り、そこで軍が全滅しないよう敵の急襲に備えたミガ将軍の対応はさすがではあるが、この軍が本軍ではなく、本軍を補佐する遊撃部隊という役割の軍であることを念頭においた対応として考えると、それは最善策のように見えながら、実は下策であった。

 結局、この第五軍に対する聖王国軍の襲撃は一切無く、第五軍がこの森の出口を見つけ、森から全軍が抜け出すまでに半日近くの時を費やしたのであった。

 聖王国軍から第五軍に対して襲撃がなかったのは、第五軍の指揮官ミガ将軍の敵の襲撃に備えた対応が万全だったからではなく、そもそもこの第五軍を襲撃する聖王国軍など無かったからであった。

 クーロからすれば、侵攻してきた一万の軍勢の五分の一にあたる二千の第五軍の動きを数時間でも足止めできれば良かったわけであるから、十分にその目的は達成されたといえる。

 モスタクバル軍第五軍はまんまとそのクーロの悪辣あくらつな罠に嵌まり、数時間どころから半日間も森の中に足止めさせられてしまったのであった。

 しかし、これはなにも第五軍に限ってのことではなかった。

 アラウダ城とヘリドニ城を攻撃した第二軍並びに第三軍、さらに第一軍の半数に当たる千の兵も同数が籠る二城の中間地点にある砦を包囲したことにより、それぞれの軍がそれぞれの場での足止めを余儀なくされたわけであった。

 厳密にいえば、唯一足止めされなかったのが第四軍であったが、それも一時間半という致命的な遅れでモスタクバル将軍の後を追うという形にさせられたのであった。



 さて、今から一週間前に当たる八月六日から始まったモスタクバル軍の聖王国領アラウダ並びにヘリドニ二地方への電撃侵攻は見事に成功し、モスタクバル軍一万はその勢いのまま各拠点を次々と攻略していった。

 むろんモスタクバル将軍からすれば、アラウダ、ヘリドニ二地方攻略が主たる目的ではなく、この二地方に駐屯している敵クーロ軍を撃退し、聖王国の今回の西部攻略戦を頓挫させるのが真の目的であるため、その勢いのまま聖王国王都マルシャース・グールまで一気に攻め上がるのであった。

 そのためアラウダ、ヘリドニ二地方における電撃侵攻は、アラウダ城、ヘリドニ城、そしてその中間地点に当たる砦、三拠点の制圧をもって完了の予定であった。

 その三拠点のうち二城の中間地点の砦に本陣を構えているのが、今回の“双頭の蛇の陣”のうちの蛇の胴に当たる部分を担っているクーロ軍。

 その軍の指揮官であるクーロが、モスタクバル将軍自らが率いる第一軍が、まさに砦を包囲しようとする直前、千の騎兵らと共に逃走を図ったのであった。

 むろんこのような好機をモスタクバル将軍が逃すはずがなく、モスタクバル将軍は千の兵と共にそれを追う。

 この時、モスタクバル将軍の頭には指揮官クーロの首級しか念頭になく、また五つに分けたモスタクバル軍の各軍の指揮官並びに兵たちも、アラウダ城、ヘリドニ城とその中間地点の砦において、ここまで順調に各拠点を制圧してきたのと同様、鎧袖一触がいしゅういっしょく容易たやすさで陥落させられるものと信じて、それを疑っていなかった。

 この二地方への電撃侵攻は、今回の聖王国西部攻略戦を頓挫させる作戦のまだ第一段階という前哨戦に過ぎず、最終目標は聖王国の王都マルシャース・グールの強襲である。

 さらにこの“双頭の蛇の陣”の胴の役割を担った敵指揮官は、マデギリークのような聖王国の大将軍でなく、またヌイのような将来を嘱望されている有名な新将軍でもない。

 クーロという無名の、それもまだ将軍位にも達していない指揮官であったことが、ミケルクスド國三将軍の一人、英雄モスタクバルと、その将軍と共に数多あまたの戦場を暴れまわっている精鋭兵たちの心に大きな隙を作らせてしまったのであった。

 気が付けば、モスタクバル将軍はわずか千人の兵で、敵領内深くに誘い込まれていたのであった。


 クーロからすれば今回の第一次西部攻略戦に当たり、アラウダ、ヘリドニ二地方に完璧ともいえる防衛圏を作り上げた。

 しかしその完璧な防衛圏であっても、仮にミケルクスド國最高峰の三将軍のいずれかが攻めてきた場合、流石にその攻撃を全て受け止めるほどではなかった。だからといって三将軍の侵攻であっても、一気に瓦解するほど脆弱でもなかった。

 少し詳しく語れば、ハード面といえる城や砦といった防衛建造物や、それを守る兵の物理的な数においては、ミケルクスド三将軍クラスの侵攻にかかれば、その全ての攻撃を受け止めることは難しいが、アラウダ、ヘリドニ二地方の民衆ほぼ全てを味方に取り込んだという、ソフト面におけるクーロの防衛網は完璧であったといえる。

 つまりハード面の守りという側面から見れば、城や砦を次々と攻略され、ハード面の“防衛圏”自体は早々に破綻してしまったが、そこに民衆全てを味方に取り込んだというソフト面の守りという側面から鑑みた場合、一万のモスタクバル軍はアラウダ、ヘリドニ二地方の大規模な“防衛網”の内側に巧みに誘い込まれ、その内部で個々に網に絡み取られるという、防衛圏破綻とは真逆にも見える状況が展開されていたのであった。


 それでも実際に八月六日からのモスタクバル軍の電撃侵攻によって、アラウダ、ヘリドニ二地方のミケルクスド國との国境線沿いにある三つの防衛拠点が、瞬く間に陥落したのは紛れもない事実であった。

 アラウダ、ヘリドニ二地方の領民から最大級の信頼を勝ち得ていたクーロは、その三拠点の陥落からわずか二時間後にその報告を受ける。

 さらにそれから六時間後には、敵の指揮官がミケルクスド國三将軍の一人モスタクバル将軍であることも、クーロは知ることが出来たのであった。

 しかしその頃には、さらに五つの拠点が落とされており、ハード面の守りである二地方の“防衛圏”の多くは機能不全に陥り、ここから巻き返すのは絶対に不可能な状況となっていた。

 つまりクーロが、敵指揮官がモスタクバル将軍と知った時、その電撃侵攻に対抗する手を全く考えられず途方に暮れたのは、紛れもない事実だったのである。

 しかし、ここまでのあらゆる報告がクーロの元に伝わる驚異的な速さと正確さから、クーロに対する二地方の領民の信頼が絶大あること、その上クーロがアラウダ、ヘリドニ二地方に放っている千人規模の諜報兵とその情報が一人も領民の手によって敵に知られていないという事実が、ソフト面の守りにあたる“防衛網”については全く綻びが生じていないということに気が付いた。

 このことからクーロは、その後の展開如何いかんによっては、十分挽回が可能と結論付けたのであった。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大官)

 ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)

 ミガ(モスタクバル第五軍の将)

 モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(地名)

 アラウダ城(アラウダ地方の主城)

 アラウダ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 ヘリドニ城(ヘリドニ地方の主城)

 ヘリドニ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)


(その他)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

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