【222 第一次西部攻略戦(十八) ~駐屯司令官クーロ(続)~】
【222 第一次西部攻略戦(十八) ~駐屯司令官クーロ(続)~】
〔本編〕
ただクーロの財力では、それら全ての負担は出来なかった。そこは、養父であるマデギリーク将軍の財力を大いにあてにしての行為であった。
マデギリーク将軍は聖王国筆頭の大将軍である傍ら、タシターン、エーレの二地方を統べる地方領主であったため、今回のクーロがした負担は可能である。クーロから申し出た五千の地元兵の有償借り受け、並びに全軍の軍備や兵糧の費用全てを、今回養父であるマデギリークが全て肩代わりしたのであった。
だが言わずもがなであるが、これは決してクーロのわがままを、マデギリーク将軍が受け入れたわけではない。クーロがこの作戦が始まる前に養父マデギリークに提案し、マデギリークがそれに納得した上での全面負担であった。
今回のマデギリークが負担を全部肩代わりした理由を簡略に述べると、今回の“双頭の蛇の陣”の肝が、蛇の胴の部分にあたるクーロ軍であるという点からであった。
敵ミケルクスド國は、今回の戦いの中で“双頭の蛇の陣”頭の部分を撃退できない場合、その二つの頭を繋いでいる蛇の胴の部分に攻撃目標を切り替えるはずである。そしてその攻撃箇所は蛇の胴のどこでも良い。つまりは敵の思惑次第であるということである。
守る側としては、これ程難しい守りはない。そのような蛇の胴の部分の防御という難易度の高い防御に関し、つまるところ一番大事なのが、敵の動きを全て把握する必要があるということである。
むろんクーロ軍は優れた諜報機関を持っており、そして当然のことながら、その諜報機関も全力で機能させてはいる。それでも敵の攻撃の範囲が広域過ぎて、全てを諜報機関のみで賄うのは非常に困難である。
逆説的な言い方になるが、仮に九割九分方諜報機関で敵の動きを把握し得たとしても、たった残り一分の敵の動きが把握できず、そしてその敵から仮に攻められた場合、その一か所から防衛が後手に回り、全ての防御網が切り崩される可能性も否定できないのである。
しかしそれがミケルクスド國の将軍レベルの指揮官によるものであれば、そのような小さな一穴から防御網全てを崩壊させる事態にまでは、今のクーロではさせないであろう。
ただ、ミケルクスド國の大将軍レベルに当たる三将軍が仮に指揮をとった場合、さすがのクーロも絶対に防御網を崩壊させないという自信まではない。
そして“双頭の蛇の陣形”の双頭の蛇の頭部分との戦いで、ミケルクスド國側が不利になる、あるいは戦いが膠着状態になる事態に陥れば、まず間違いなく三将軍のいずれかがその戦況の打開を図るべく、蛇の胴を食い破ろうと動き出すはずである。
仮にこれが、聖王国とミケルクスド國の二か国だけが存在する世界であれば、ミケルクスド國はいくらでも膠着状態のまま時を稼ぐという方法も選択できる。
しかし実際には二か国どころか、八か国がひしめき合うのが今のヴェルト大陸の世界である。
既に聖王国によって國を二つに分断されている状態だけでも、ミケルクスド國は他國から嘲りの誹りを受けているはずである。
そのような中、この分断状態が長く続けば続くほど、他国は聖王国に与し、少しでもミケルクスド國の領土を切り取ろうと画策を始める。
このことからミケルクスド國は、陣形の蛇の胴にあたるクーロ軍に、いずれ三将軍のいずれかをぶつけるよう動くはずであり、そうなればクーロ軍と借りている二地方の五千を加えた兵だけでは、その攻撃全てに対処することは不可能であった。
クーロのヘリドニ、アラウダ二地方からの兵の有償借り受け対策などは、まさにその困難が予想される防御戦への唯一の対処方法だったのである。
今回のクーロのヘリドニ、アラウダ二地方から借り受けた計五千の兵の有償扱いは、二地方の領主、兵、民全てから驚きを交えながらも、非常なる好感触で受け入れられた。
これにより五千の兵は、クーロ軍の五千の兵同様、クーロのために積極的に働こうと努める。結果、クーロは大官(五千人将)でありながら、一万の兵を擁する将軍と同じ戦力を持つに至った。
さらに言えばクーロは五千の借り受けた兵たちのみならず、ヘリドニ、アラウダ二地方の民たちからも同様に好意的に受け入れられている。
二地方の民は、クーロの率いる一万の兵に積極的に協力し、兵数は一万でありながら、実質倍以上の兵を有するのと同様の戦力を手に入れたことになる。
さらにその上、クーロはミケルクスド國側の敵の動きなどの情報を、積極的に二地方の民たちから得ようとした。具体的には、どのような些細な情報であろうと、それを伝えた者に幾ばくかの報酬を約束し、どのような情報に関してもその約束を実行に移した。
それは噂程度の情報に対しても、真偽を調べる前に、それを伝えた民に報酬を渡すほどの徹底ぶりだったのであった。これによってヘリドニ、アラウダ二地方の民たちは積極的に敵の情報を見つけ出し、先を争うようにクーロに伝えたのであった。
また、クーロはその二地方の民から得た情報を諜報機関などで精査し、その真実の裏がとれ、かつ重大であった情報に関しては、事前にこと細かに記載させた住民情報から、その情報を提供した民を見つけ出し、その民に追加の報酬まで与える徹底ぶりを示した。
これの効果は非常に絶大であった。ヘリドニ、アラウダ二地方の民は、自分の得た情報の裏を自分たちでも精査するようになり、情報の信憑性は格段に上がっていった。
これでクーロへ対する二地方の民の好感度と信頼度はうなぎ上りとなり、その域まで達すると情報提供の報酬を得たいがために、わざと嘘の情報を提供しようとするような悪しき民については、周りの民がそれを見つけ出し、その情報がクーロの元に届くことを阻止されるため、結局は信憑性の高い本当の情報のみがクーロの元にもたらされることとなった。
そこまでいくと、この二地方に潜んでいるミケルクスド國の手の者が、クーロを惑わすための嘘の情報を流すことも不可能になり、それを無理にでも実行しようとでもすれば周辺の民に感づかれ、場合によっては排斥の憂き目にすらあうほどであった。
このようにヘリドニ、アラウダ二地方において、ミケルクスド國のスパイは潜伏すること以外に何も出来なくなり、結果スパイとしての役割は、今回は何一つ果たすことが出来ない状況となってしまったのであった。
そのような中、クーロの元に一つの最重要ともいえる情報が伝えられた。
しかしその情報は敵軍の動きなどの敵方に関するものではなく、味方の聖王国軍に関する情報であった。いや、正確には軍事に関する情報ではないのではあるが……。
それは、ヌイとツヴァンソが婚約したという情報であった。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子。大官)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
アラウダ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
エーレ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
タシターン地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
ヘリドニ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)
大官(指揮官の位の一つである官の第一位。五千人規模を指揮する。中官より上位。別名五千人将)




