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【223 第一次西部攻略戦(十九) ~婚約の余波~】


【223 第一次西部攻略戦(十九) ~婚約の余波~】



〔本編〕

 さて、ヌイとツヴァンソの婚約という衝撃的な情報は、龍王暦二一〇年四月二〇日にクーロの元にもたらされた。その情報は、二〇日正午少し前に一人の地方民によってもたらされ、その一時間後にクーロの正式な諜報機関経由でもたらされた情報である。

 ジャオチュウの諜報機関は、一度ジャオチュウの元で情報が精査される関係もあるが、とにかくこの頃のヘリドニ、アラウダ二地方における一般の地方民によってもたらされる情報は、こと情報がクーロの元に伝わる速度に関しては、クーロの正式な諜報機関のそれを上回っていたのであった。

 この情報は、今回の戦いに関して、それほど重要な情報ではなかったが、クーロ個人にとっては最重要であり衝撃的なものであった。

 クーロが最初にこの情報を耳にした時、彼は一笑に付した。クーロ軍の誰かが緊迫した戦場の空気を和ませるために、クーロに向かって吹いた冗談か何かだと思ったからである。

 しかしそれより一時間後、ジャオチュウ経由で諜報機関から同じ情報がもたらされた時には、クーロはミケルクスド國がこちらを惑わすために仕掛けたフェイクと思った、……否、思い込もうとしたのであった。

 “ヌイとツヴァンソの婚約”というこのあまりにも唐突過ぎる情報を、クーロが敵の偽情報と思いたくなるのも分かる気はするが、敵であるミケルクスド國からすれば、敵の一将軍が婚約するという嘘が、何ら聖王国側を惑わす情報になり得ないのは分かっている。

 そのようなことは一般常識から照らし合わせて至極当然の理屈ではあるが、クーロからすれば、それは敵が自分を惑わすために流した偽情報と思い込みたいのであった。むろんクーロの冷徹な頭脳と性格が、そう思い込みたい自分の感情に数秒すら付き合ってくれないことは明白なのではあるが……。


 翌日、四月二一日の夕刻、一人の使者がクーロの元を訪れる。ツヴァンソの付き人であるムロイであった。

 龍王暦二一〇年の今年六十五になるムロイは、ツヴァンソが幼少時からの付き人であり、十年前の龍王暦二〇〇年のツヴァンソが初陣の折にも、ツヴァンソと共に従軍した重鎮中の重鎮であった。

 ムロイがクーロの元を訪れたのは、たがわずツヴァンソとヌイの婚約の件を、クーロに報告するためであった。ムロイのクーロへの報告は、簡略でありながらツヴァンソとヌイの二人が婚約に至った顛末が良く分かるものであった。

 一緒に従軍することが多いツヴァンソとヌイの間が急速に接近し婚約まで至ったことについて、クーロは自分がこれまで少々楽観視していたという現実を突きつけられた。それは、ヌイの淡白な性格によるものがその要因の大部分であったかもしれないが、ある意味、機を逃さずヌイを落としたツヴァンソの粘り強さと決断を、クーロは見誤っていたのであった。

 そしてこのヌイとツヴァンソの婚約で、クーロからしてもルーラとツヴァンソのどちらをクーロが選ぶかという贅沢極まりない悩みから解放されたわけではあるが、そもそもそれも冷静に考えれば、クーロの思い上がりな部分が多分にあり、ルーラはともかく、何故ツヴァンソについても自分が彼女を選べる立場にあったと勘違いしたのか……。クーロはその自分の思い上がりを今回強烈に思い知らされ、ムロイからの報告を受けた際、恥ずかしさでいたたまれない気持ちでいっぱいになっていた。

 そしてヌイとツヴァンソの婚約が決まった後でも、ツヴァンソへの想いをきっぱりと清算できない、この自分のうじうじした性格に、彼は思いっきり自己嫌悪に陥る。“今すぐ、ルーラに逢いたい!”クーロは心からそう思った。


 さらにこの状況に至り、ルーラは絶対に自分クーロが選べば大丈夫という自信すら大いに揺らぐ。今、自分から距離的に遠く離れているルーラが本当に自分への想いを保ったまま、い続けるのであろうかと……。

 一般的に人は、今まで根拠がないのに絶対的な自信を持っていたものが、何らかの拍子で崩れた場合、えてして他のことについても弱気になってしまうものである。

 クーロはその夜、自分の元にムロイが訪れヌイとツヴァンソの婚約の報告があった旨を、ルーラに急ぎ書簡で伝えた。

 その際、クーロはルーラへの想いをはっきりとその書簡の中にしたため、結果何通かの書簡のやり取りで、クーロとルーラも期日は決めないが、少なくとも婚約めいた約束事的なものを決めたのであった。

 ツヴァンソによる生死の狭間はざま彷徨さまようという一つの事件が、図らずも二組のカップルを続けざまに成立させる要因となったのである。



 さて、ヌイとツヴァンソの婚約は、リノチェロンテ地方の戦いにおいて大いなる相乗効果となって表れた。

 二人の婚約にヌイ軍並びにツヴァンソ軍の兵士たちの士気は大いに上がり、荒れ地の戦いにおいて連戦連勝。バロン軍の将シール、フィール、ビルニークらを討ち取るところまではかなわなかったが、バロン軍はここでの戦いで大いに敗れ、ついに二人の婚約から五日後、バロン三将は兵をまとめて荒れ地から撤退した。

 その撤退するバロン軍も、ヌイ軍、ツヴァンソ軍の執拗な追撃を受け、リノチェロンテ城に逃げ込んだ時には、一万二千の兵が五分の一の二千四百にまでに討ち減らされていたのであった。

 ヌイ軍とツヴァンソ軍がリノチェロンテ城を囲む。リノチェロンテ城に籠城しているバロン軍は留守居兵三千を合わせ五千四百程度。それでもバロンと留守を預かっていたハイタを加え、リノチェロンテ城には一人の大将軍と四人の将軍が籠ることになった。

 これではいくら勢いのあるヌイ軍、ツヴァンソ軍であってもそう容易くリノチェロンテ城を落とすことは出来ない。それでもミケルクスド三将軍の一人で、ミケルクスド國最強の軍を率いていると謂われている仁将バロンを一つの城に封じ込めているという事実は、ヴェルト全土に大きな衝撃を与えた。

 それも、弱兵の集まりと謂われていたソルトルムンク聖王国の若き将軍の手によって、それが行われているという事実が、その衝撃の大きさを物語っていた。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大官)

 シール(バロン十将の一人。“狂将”の異名を持つ老将)

 ジャオチュウ(パインロの友人。クーロ隊の諜報部門を担う)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)

 ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)

 ハイタ(バロン十将の一人)

 バロン(ミケルクスド國三将軍の一人)

 ビルニーク(バロン十将の一人。“守備のビルニーク”の異名を持つ)

 フィール(バロン十将の一人。“万能のフィール”の異名を持つ)

 ムロイ(ツヴァンソの付き人)

 ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(地名)

 アラウダ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 ヘリドニ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 リノチェロンテ城(リノチェロンテ地方の主城)

 リノチェロンテ地方(ミケルクスド國領)


(その他)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

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