【219 第一次西部攻略戦(十五) ~ツヴァンソとヌイ(中)~】
【219 第一次西部攻略戦(十五) ~ツヴァンソとヌイ(中)~】
〔本編〕
「あの、ヌイ様」ツヴァンソが思い切って尋ねる。
「プリソースカ殿を右翼に戻されたのはどうしてですか? 確かにヌイ様がここにいれば、プリソースカ殿はおそらくずっとここから目を離さないでしょう。私も、ずっとプリソースカ殿から見張られるのは居心地が悪いもの。しかし、それだけの理由でプリソースカ殿を右翼にお戻しになられた。何故です?」
「プリソースカは、俺を好いている」
「はい、それは存じております」
「そしてツヴァンソ。プリソースカのお前への嫉妬心は尋常ではない。同姓として……」
「はい、それも分かります。しかし、それだけでプリソースカ殿が意識を失っている私を何とかしようなどのような愚行は起こさないかと……。そこまでプリソースカ殿は馬鹿なわけではありませんし、そのようなことがもし発覚すれば、当然ヌイ様からの信任も失い、場合によっては命まで失う可能性が高い。さすがにそこまで愚かではないかと……」
「そんなことは俺も十分に分かっている。プリソースカが嫉妬に狂って、そのようなことを起こすような者であれば、俺の副官なぞ務まるはずがない。ただこの左翼を任せれば、俺がお前の傍にずっといることで、プリソースカがここをずっと見張ることになる。つまり左翼の取りまとめを、プリソースカは部下に一任せざるを得なくなる。それは左翼の取りまとめをプリソースカが放棄していることになり、プリソースカと部下の間の信頼関係にもひびが入ろう。自らの私情を優先して、部下に自分の役目を押し付けているのであるから……。それでは俺もずっとお前の傍にいるわけにはいかなくなる」
「そうでしたか……」ツヴァンソはそう呟いたものの、まだ十分にヌイの説明に納得したわけではなかった。
ツヴァンソは例えば兄のクーロには、何でも聞きたいこと遠慮なく聞き、言いたいことを開けっぴろげに言ったりする。しかし流石に憧れのヌイにはそこまで遠慮なく、何でも聞いたり言ったり出来るわけではなかった。
しかし、今は二人っきり。それと勝手にツヴァンソを恋敵とライバル視しているプリソースカも、最も遠い右翼に配属され、ここにはいない。
ツヴァンソは目覚めたばかりと、まだ毒気が抜け切れていないのか、頭が少々マヒ気味のようであり、自制心が普段よりやや緩いのも手伝い、ツヴァンソはもう一歩踏み込んでみた。
「本当に理由はそれだけなのですか?」と……。
「ど・どういうことだ」ヌイの声が若干裏返ったようにツヴァンソには感じられた。
ツヴァンソは動揺したヌイを今まで見たことはなかったが、今回のどもりと声色は、そのヌイが明らかに動揺しているように思えた。
「プリソースカ殿の部下であれば、それなりに優秀のはず。従って今の膠着状態の左翼をまとめ上げるのにそれほど困難はなく、またその程度の役目をプリソースカ殿から押し付けられたからといって、信頼関係が揺るぐ主従関係ではないと私は思います。それは、ヌイ様とプリソースカ殿の主従関係のように強い絆で繋がっているから。またプリソースカ殿が私をずっと監視するにしても、当然、私を害するなど変なことはするのは不可能であるし、さらにヌイ様が私のところに居るのを咎めることなど不可能。ましてやこの場に入ってくることすら、ヌイ様がここに居る以上、出来ないでありましょう。……というか、そもそもヌイ様が片時も私から離れないという必然性が感じられません。私の家臣にでも命じて、私の様子を常に監視させ、何か異変が起きれば、ヌイ様の伝えるよう申し渡しておけば良いだけのこと。ヌイ様! 何故、ずっと私の傍におられたのですか?!」
「……」ヌイが口ごもるように呟く。「そ・それは無論、お・お前のことが心配だからだ」
「副官の一人を心配になられる気持ちは分かりますが、今回のヌイ様の行動全般を鑑みるに、心配だからという理由だけで三日三晩ここに居られたことについて、私は到底納得出来ません! 本当のところは……」
「ええい、はっきり言おう! ツヴァンソ、俺はお前を失いたくなかったのだ! 俺はお前が好きだ!!」ヌイがツヴァンソの言葉を途中で遮り、早口で一気に叫ぶ。
「ヌ・ヌイ様!」ツヴァンソも薄々はそんな感じを受けてはいたが、ここまではっきり言われると、今度はツヴァンソの方がドギマギし、思わず声がうわずった。
ツヴァンソの心臓が早鐘のような鼓動を奏でる。
「い・いつから、わ・私のことを……!」ツヴァンソはそれでも無理やり、息を言葉に変え口から吐き出す。
「何となく、ずっと一緒に居る間にだ! ……何となくではあったが、今回、お前が毒によって生死の狭間を彷徨っていると知り、矢も楯もたまらず、お前の元に赴いていた! ツヴァンソ、お前が死ぬのではと考えた途端、お前を失いたくないと強く思った! それで俺も初めて、俺自身のお前に対する感情に気付いた。お前が好きだ。お前を失いたくない! お前が三日三晩、生死の狭間を彷徨って意識が戻らない間、俺はずっとお前の名を呼び続け、泣き叫び、お前を俺の元に引き戻そうと必死だった! 俺が大声でお前の名を泣き叫びながら、お前の傍にずっと居るのを、プリソースカなんぞに見せられるか! ……いや、プリソースカだけでない。他の誰にも見せられるものではなく、また聞かせられるものではなかった! お前は三日三晩意識が無かったから知らないだろうが、俺はここの半径百メートルから内側へ誰も近づけさせなかった。半径百メートルの円周に部下をグルっと配置させて……」
「はあ……、合点いきました」ツヴァンソはそう呟く。
自分の想像以上のヌイの答えに、とにかくツヴァンソは、これでヌイの行動全てに納得できたのであった。
「ヌイ様」ツヴァンソがヌイに優しく話しかける。
ヌイがツヴァンソに告白をして、五分ほど経ってからである。その間、二人は無言のままであった。
「ヌイ様が私のことをそう想ってくださったこと、すごく嬉しいです。ヌイ様は私の気持ちは十分、分かって下さっていらっしゃると思いますが……」
「……ツヴァンソ。もしかして、お前も俺のことが好きなのか?」
「……」ヌイのこの発言に、ツヴァンソの顔が一瞬呆けたようになり、そして曇った。
「ヌイ様は、本当に人の想いには無頓着なの方なのですね」
ツヴァンソの顔が曇ったことにより、ヌイも何かまずかったのかという顔つきになる。ヌイからして人の顔色をここまで気にすることは、恐らく初めてのことであろう。ツヴァンソの目に、ヌイのその困惑顔は新鮮に映った。
「本当に無頓着な方ですね。ヌイ様、私は全身でヌイ様への気持ちを表していたのですよ、ずっと……。もちろん、ヌイ様のことが大好きです! 私の夢は、ヌイ様と結ばれることなのですから……!」
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子。大官)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)
プリソースカ(ヌイ軍の司令官)
(その他)
副官(将軍位の次席)




