【218 第一次西部攻略戦(十四) ~ツヴァンソとヌイ(前)~】
【218 第一次西部攻略戦(十四) ~ツヴァンソとヌイ(前)~】
〔本編〕
「ここまででよい」ヌイが満足そうにそう呟く。
“暴れ熊”オルソを討ち取り、ヌイ率いる五百の兵で、オルソ軍援軍をほとんど瓦解させるぐらいまで撃退させた頃合いである。
「後はプリソースカとメェーフの二人に任せる。俺は中央に戻って、一気に決着をつける」
ヌイはそう言いプリソースカとメェーフに伝令を送り、自らは五百の兵と共にまさに中央の戦いに戻ろうとしていたところであった。
「ヌイ様、シュナーベル様からの緊急の伝言でございます。ツヴァンソ様が瀕死の重傷とのこと……!」
「何?!」ヌイが伝令兵をジロリと睨みつける。
「どういうことだ!」ヌイのドラゴンの如き大声に、伝令兵は身体を硬直させたが、それでも絞り出すように言葉を紡ぐ。
「シュ・シュナーベル様も詳しくは分からぬとのこと……。それでもツヴァンソ様の側近の者からの伝達でありますので、誤報でないかと……」
「分かった」ヌイが吠える。
「総攻撃は中止だ! 俺はこれから左翼に向かう。シュナーベルには中央をまとめて後退するよう伝えろ。プリソースカとメェーフにも右翼をまとめて、一旦退くよう伝えろ」
ヌイはそう言うと、単身左翼へ向かう最短ルートを騎馬で駆けた。ヌイの精鋭兵も慌てて、ヌイの後を追った。
ツヴァンソが静かに目覚めた。少しまどろんだ様子で辺りを見回し、すぐ横にヌイの顔を見つけ、慌てて起き上がる。
これは夢かと、ツヴァンソは惑った。憧れのヌイが自分の寝ているすぐ横に座り、自分の方をじっと見つめているのであるから……。
「ヌ、ヌイ様!」ツヴァンソは起き上がったのだが、めまいによって再び身体を横たえた。
“ああ、やはり夢なのだ。ヌイ様が私の寝所にいるはずがないし……。それに身体の自由が利いていないのだから、夢に違いない”
「ツヴァンソ、無理するな! おい、皆の者!! ツヴァンソの意識が戻ったぞ!!」ヌイのその声に急に周りに人が集まり、ざわざわ騒ぎ始める。
「ヌイ様、私はどうしたのですか?」
「何も覚えていないみたいだな、ツヴァンソ。お前は敵将ソヴァジヌを討った後、意識を失って倒れたのだ。敵兵に毒を扱う輩がいて、その者が口で吹いた小さな矢がお前の踝辺りに突き刺さっていた。その毒が原因でツヴァンソ、お前は三日三晩意識を失っていたのだ」
「ヌイ様、思い出しました。私は敵ソヴァジヌを討ち取り、その後残敵を大いに屠っておりました。そのような敵中の数人が口に筒のようなものを咥え、こちらに向かって矢のようなものを吹いておりました。数本が鎧に弾かれ、数本は剣で払いましたが、そのうちの一本が足に刺さっていたとは……。痛みは全く感じませんでしたので、まさかとは思いましたが……。その場で敵兵全員討ち果たしましたが、あの数人が毒の矢を飛ばしていたとは……。何たる不覚!」
「仕方ない。吹き矢の矢は非常に細く、刺さっても痛みをほとんど感じないぐらいのものだったのであろう。それに戦場では高揚感からほとんど気が付かないであろう」
「それにしても毒矢一本程度で、戦場で意識を失い、その後三日三晩もそのままであったとは……。お恥ずかしい限りです」
「ハッハッ、ツヴァンソ。お前は毒矢一本程度というが、並みの者であれば刺された瞬間意識を失い、八割方がそのまま絶命するほどの猛毒だったそうだ。しかしお前ときたら、吹き矢の敵を倒した後も十分近く暴れ回ったというではないか。また三日三晩の昏睡状態でほぼ全快になるとは……、その驚異的な回復力に軍医が驚いていたぞ。俺も身体には自信があり回復力も自慢するぐらいであったが、お前の回復力に比べたら俺の回復力も自慢するほどのものではないな。ハッハッハッ」大声で笑うヌイの前で、真っ赤な顔で乙女のように恥じらうツヴァンソ。
この時のツヴァンソには、猛毒をはねのける驚異的な回復力を持つ強靭な戦士の面影は一切なかった。
「それでも、ヌイ様に多大なご迷惑をおかけいたしましたのは事実であります」ツヴァンソはヌイに頭を下げる。「私の不注意で、一気に決着をつける機会を失ってしまいました」
「心配は無用だ。お前が寝ていた間、敵に一切目立った動きはない。お前が“頭脳”のソヴァジヌを討ったことで、敵には打つ手が無くなったのであろう。その上、お前は知らないことだが、あの後中央軍の救援で敵左翼が動いたが、俺がそれを逆に攻め、“暴れ熊”のオルソも討ち取った。敵将のうち、智将と猛将の中核であった二将を一気に討ち取ったわけだ。敵に攻め手がなくなり、我らが動かないのでそのままこの地に駐留しているが、リノチェロンテ城に居座るバロン将軍に今後の方針を打診しているに間違いないだろう。この地に援軍を派遣するのであればまだここでの戦いは続くが、そうでないなら我らが陣容を整えて前進すれば、必ず敵は撤退するとみた。……だからツヴァンソ、お前も焦らず体力の回復を目指すよう。こちらも今は中央にシュナーベル、右翼にプリソースカ、そしてここ左翼にメェーフを配備してあるので、仮に敵から動き始めても何ら問題ない。俺もしばらくはここにいる」
「ありがとうございます、ヌイ様」ツヴァンソがヌイに一言礼を述べた後、あることに気付きヌイに尋ねた。
「……ところでヌイ様は、この三日間私の傍らにずっといらっしゃったのですか?」
「ああ」「ずっと? 三日三晩ずっとですか?」「そうだ、ここにいてお前の顔をずっと眺めていた」
「……」ツヴァンソの顔がこれ以上赤くはならないであろうと思えるほど、真っ赤になった。
「ヌ・ヌイ様、もう大丈夫でございます。いつまでも総大将が本陣を離れてはいけません。私はもう大丈夫ですから……」
「何だ、ツヴァンソ。俺がここにいるのは駄目か」「い・いえ、嬉しいのですが、それでは申し訳なく……」
「……そういえばお前が倒れたすぐ後、プリソースカがこの左翼にやってきて、この左翼は自分が取り仕切ると俺に申し出た」
「はい」消え入りそうになっているツヴァンソに、ヌイが急にプリソースカの話をした。
「俺はすぐにその提案を却下し、プリソースカには右翼を取り仕切るように命じ、代わりにメェーフにここに呼び、左翼の取り仕切るよう命じた。プリソースカは不承不承ではあったが、右翼に戻っていった」
「……あっ、それは」
「そうだ、プリソースカがここにいれば、ずっとお前の寝所を見張っているだろうからな。俺もそうなると、ずっとここに居て、お前の顔を覗き込んでいるわけにいかなくなる。それで遠く右翼へと追いやったというわけだ。俺の独断で……」
「……」ツヴァンソはヌイの配慮に感謝した。そしてツヴァンソは、その配慮が自分のことだけを気遣ってのヌイの配慮ではないと感じ取ったのであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
オルソ(バロン十将の一人。“暴れ熊”の異名を持つ猛将)
シュナーベル(ヌイ軍の司令官)
ソヴァジヌ(バロン十将の一人。“頭脳のソヴァジヌ”の異名を持つ)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)
バロン(ミケルクスド國三将軍の一人)
プリソースカ(ヌイ軍の司令官)
メェーフ(ヌイ軍の司令官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
リノチェロンテ城(リノチェロンテ地方の主城)
リノチェロンテ地方(ミケルクスド國領)




