【214 第一次西部攻略戦(十) ~頭脳のソヴァジヌ~】
【214 第一次西部攻略戦(十) ~頭脳のソヴァジヌ~】
〔本編〕
「ほぉ! 昨日は敵も同数の三千であったが、今日は千補充されて三千九百か。こちらは百の損害分も補充していないので百人減の二千九百。昨日、互角であったことを考えるに千の開きは大きいな!」バロン十将の一人、ソヴァジヌ将軍は傍らにいる副官のキクナスにそう漏らす。
「お戯れを……」ソヴァジヌのその言葉に、笑いながらキクナスが返す。
「昨日は互角の戦いをわざわざ演じ、ツヴァンソ軍の力量を測っていらっしゃっただけではありませんか。……それでツヴァンソとその軍の力はいかがでありますか?!」
「フッ、キクナスこそ答えが分かっていながら白々しく問う。あの程度の力量であれば、恐れるに足らずだ! ツヴァンソという指揮官は確かに強いが、彼女が先頭に立って攻め寄せてくるのであれば、そのまま策に嵌めて討ち取るまで! 今日は敵の兵数も増強されている分、こちらの策にもうまくのせることが出来よう。幸い、我が中央と左翼の戦況も昨日と同じ展開らしいので、この右翼の働きでここでの戦いの勝敗を決めてしまおう。おっ、そう言っているそばから敵が動き出したぞ!」
「頭脳のソヴァジヌ様の恐ろしさを、敵は思い知ることになりますな!」
副官のキクナスはそう答えると、自軍の先鋒に指示を飛ばした。
キクナスの先鋒は、ツヴァンソが先頭に立つツヴァンソ軍に徐々に押されていく。頃合いを見計らっていたキクナスは、先鋒に合図を送る。その合図に応じて先鋒は一気に崩れ出し、後退していく。
「今だ! 敵が崩れた! 一気に攻める!!」先頭のツヴァンソがそう叫び、ツヴァンソ軍が一気に加速した。
勢いがついたツヴァンソ軍は、退却していくキクナス軍を追撃し、大いに戦果を挙げる。
「よし、装甲盾兵!! 前へ!」ソヴァジヌ将軍が叫ぶ。
キクナス軍の退却とツヴァンソ軍の追撃により、戦場には砂煙が大いに舞い上がり視界がほとんど効かなくなっている。その視界がほとんどない戦場を追撃しているツヴァンソ軍の目の前に、三メートルの高さはあろうかという巨大な盾が立ちはだかった。
その盾は重装甲の兵たちによって横に三十ばかり並べられ、その盾の下部分には巨大な針が数本ついており、その針を装甲兵たちは思いっきり地面に突き刺した。これで三メートルの高さの巨大な盾は地面に固定されたのである。
そこに勢い余ったツヴァンソ軍が突っ込む。固定された盾によって、ツヴァンソ兵の突撃は完全に止められ、さらにその盾の隙間から無数の長槍がツヴァンソ兵に向けて、突き立てられた。
これにより先頭を駆けていたツヴァンソ兵は、ほぼ全員串刺し状態で命を落とす。
続いてソヴァジヌ将軍は両腕を前に突き出す。それを合図にソヴァジヌ将軍の側面にいた兵が一気に前進し、盾によって足の止まったツヴァンソ軍をコの字型に包囲した。
側面の兵たちは弓兵であり、彼らは囲んだツヴァンソ兵目がけて無数の矢を射かける。それによりツヴァンソ兵の頭上に無数の矢が降り注ぎ、ツヴァンソ兵は次々と倒れていった。
「これで決まりましたな!」副官キクナスが笑いながら、ソヴァジヌ将軍に話しかける。
「所詮、強軍とは言っても、まだまだソヴァジヌ様の手にかかれば、ツヴァンソの軍など赤子の手をひねるようなもの……」
「まだ油断はするな! 先頭近くのツヴァンソと兵たちの何人かは盾を強引に力でこじ開け、我が先鋒と交戦している。さすがに交戦中の味方の頭に矢を射かけるわけにはいかない」
「敵もそれほど愚かでないというだけの話です。ツヴァンソのいる前方はそうですが、中間から後方の兵たちは、こちらの矢の雨に恐れおののき、まだ頭を上げることすら出来ておりません! ……しかし、彼らもいずれ気付くでしょう。ソヴァジヌ様の辛辣な罠! 敢えて完全包囲せず、後方を大きく開けていることに……」
「ソヴァジヌ様! 敵の大半が後方へ退却を始めました!!」ソヴァジヌとキクナスが話しているところに、一人の伝令兵がやってきて、そう告げる。
「良し、キクナス! 最後の仕上げだ! 騎兵で退却していく敵を蹂躙しろ!!」
「結局は、いつものパターンになりましたな。これで退却する敵兵は壊滅し、その後、ゆっくりと前方の敵を完全包囲して仕留めるというパターンに……。それでは早速、騎馬で逃げていく敵を蹴散らして参りましょう」
キクナスはそう言うと騎兵を率いて、退却する敵兵の追撃軍に加わった。
その時である。
「ソヴァジヌ様! 中央軍からの援軍要請です!!」兵の一人が、ソヴァジヌ将軍にそう報告する。
「何だと! 中央のビルニークは、ヌイ軍本隊の攻めを完全に抑えていたということではなかったのか!!」ソヴァジヌは驚きを隠せず、報告をした兵にそう詰め寄った。
「た・確かに、戦いが始まった時は、昨日同様、ビルニーク様はヌイ軍の突撃をいなし、完全に抑え込んでおりました。しかしながら今から十分程前、ヌイ軍が一旦、五十メートル程後退しました。私は敵が完全に手詰まりになったとその時感じました! しかしその後退後、ヌイ軍が再び攻め寄せ、次の瞬間ビルニーク様の先陣は一気に蹴散らされたのでございます! これでビルニーク軍は一方的に蹂躙されることとなり、慌てて後方に待機されていたフィール様の軍も戦いに加わりましたが、ヌイ軍の勢いが全く止まりません! このままではビルニーク軍、フィール軍共に甚大な損害を被ります!!」
「アナス!」ソヴァジヌ将軍が、もう一人の副官を呼んだ。
「ここにおります!」
「アナス! すぐにここの五百を率いて、中央の援軍に向かえ!」
「ソヴァジヌ様、それは構いませんが五百も率いて行きますと、ソヴァジヌ様の周りには百を数える兵しか残りませんが……」
「構わない! 既にここの勝敗は決している!! それより、中央のビルニークとフィールの両軍を救わねば、いくら右翼と左翼が勝っても、全体としては敗北となる! それは阻止しなければならない! この右方面からヌイ軍の側面を攻めれば、後はビルニークとフィールの二人のことだ……戦線を立て直そう。とにかく一刻の猶予もない! アナス、急げ!!」
「ハッ!」副官アナスはソヴァジヌの命を受け、五百の兵を率いて左側の中央軍への救援に向かった。
これでソヴァジヌ将軍の周りには百程度の兵しかいなくなった。しかし既に敵左翼は、こちらの包囲と追撃で大きく数を減らしており、それについて何ら杞憂することはなかった。
少なくともソヴァジヌ将軍は、そう思っていた。
常に敵を罠に嵌め、勝ち進んできた“頭脳のソヴァジヌ”。
彼からすれば、常に狩る側の景色しか見る機会がなかったため、まさか自分を狩るために周到に仕組まれていた策略に、ついぞ彼は狩られる瞬間まで気付くことが出来なかったのであった。
〔参考一 用語集〕
(人名)
アナス(ソヴァジヌの副官)
キクナス(ソヴァジヌの副官)
ソヴァジヌ(バロン十将の一人。“頭脳のソヴァジヌ”の異名を持つ)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)
バロン(ミケルクスド國三将軍の一人)
ビルニーク(バロン十将の一人。“守備のビルニーク”の異名を持つ)
フィール(バロン十将の一人。“万能のフィール”の異名を持つ)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(その他)
副官(将軍位の次席。率いる軍組織は特に決まっていない)
〔参考二 大陸全図〕




