【212 第一次西部攻略戦(八) ~リノチェロンテの悲劇~】
【212 第一次西部攻略戦(八) ~リノチェロンテの悲劇~】
〔本編〕
「プリソースカが一騎打ちで手こずる敵とは……。メェーフ! お前の方はどうだった?」
「私の方の将は、プリソースカ殿が語った相手ほどの強敵ではありませんが、それでも長身の上、なかなかの難敵! しかし通常の敵とは違う異質な気配を感じる将でありました! うまく表現できませんが、少しおかしいのではないかと……。これは将だけでなく、その将が率いている軍全体から感じるものでありました!」
「メェーフ! 何だ、その“少しおかしい”という表現は……! よく分からん!!」
「メェーフ様! それは狂将――狂った将だったのではございませんか?」ヌイとメェーフの二人のやりとりに、カナリーノが割って入る。
「狂将! そうだ!! カナリーノ殿のおっしゃるとおり、狂った将であった!! しかし、将だけではなく、軍全体からその狂った感覚がしました! ……あれは、まさに狂兵の集まり! 狂軍であった!!」
メェーフは今更ながら今日の戦いを思い起こし、敵の異常さにその時の恐怖がありありと蘇ってきたのであろう。彼は小刻みに震えながら、そう叫んだ。
「カナリーノ! 何だ、その狂将とは?! そして、狂軍とは?!」
「はい、ヌイ様。この地――リノチェロンテ地方は、龍王暦一四九年――今から六十一年前、ソルトルムンク聖王国がミケルクスド國から奪った土地なのです。そしてその時の侵略戦で、聖王国は捕虜としたミケルクスド國兵とリノチェロンテ地方に住んでいた住民合わせて二十万人をこの地で生き埋めにしたのです。これは“リノチェロンテの悲劇”という名で、ミケルクスド國――特にこの地方では、聖王国への恨みの象徴として、今でも根深く刻み込まれているのです! その事件の翌年に当たる龍王暦一五〇年、聖王国の守護神に当たる優鉢羅龍王――八大龍王の筆頭でその初代龍王でありますが、その神が不慮の死を遂げております。この“リノチェロンテの悲劇”における聖王国と守護神初代ウバツラ龍王の専横ぶりに対し、他の七人の八大龍王がことを起こし、初代ウバツラ龍王を弑逆したというのが、当時の専らの噂でありました。むろん噂の域を出ない話ではありますが、大量虐殺の翌年に初代ウバツラ龍王が亡くなっているので、かなり信憑性が高い噂として、今でも信じる者がいるぐらいです!」
「成程、“狂将”シールか! まだ生きていたとは……」シュナーベルがそう呟く。
「シュナーベルは、その狂将なるものを知っているのか?」ヌイが尋ねる。
「はい! 我が祖父が、私が幼少の頃、言うことをきかないと狂将シールがお前を連れていくという言い方で散々脅かされておりましたので……。実際に祖父は、シール将軍の軍と戦い、大敗を喫し、その狂人ぶりにほうほうのていで逃げ帰ったということでありまして……。シール将軍本人であれば、おそらくは八十を超える高齢となっているのではないでしょうか?」
「そうです!」カナリーノが話の後を引き継ぐ。
「シール将軍は、六十一年前のこの事件で実際に生き埋めになった青年兵の一人でありました! その時、シール将軍は父や兄と共に生き埋めにされましたが、彼はその土中から一人自力で這い出し生き永らえたとのことであります。しかしその時の恐怖と恨みで、精神は崩壊したとのこと。それでも指揮官として有能だったため将軍にまで昇り詰めましたが、他の将軍などから煙たがられ、とっくに軍から放逐されたと思っておりましたが、まさかバロン軍の将になっていたとは……」
「成程! そのような老将であるため、頭髪が白く皮膚が土気色なのだったのか。まさか、それほどの高齢とは思えなかった」メェーフが納得するように頷く。
「いいえ!」しかし、カナリーノがすぐにメェーフのその意見の一点に異を唱える。
「シール将軍は確かに八十の高齢ではありますが、彼の白髪と土気色の皮膚は、生き埋めにされた際の恐怖からであります。そして彼の率いる軍こそ、その“リノチェロンテの悲劇”によって生き埋めにされた遺族だけで構成されている兵の集まりなのです。既に年代からして孫やひ孫の代の者達ではありますが、その恨みは脈々と受け継がれておることでありましょう。少なくとも狂将シールが存命中は……」
ここでカナリーノがプリソースカの方を向く。
「そしてプリソースカ様が相対した将は、その特徴的な容貌からオルソ将軍と思われます。“暴れ熊”の異名を持つ将軍で、オルソ将軍の特攻は、誰にも止めることが出来ないと恐れられているぐらいです」
「狂ったじじいと、凶暴な熊が指揮官か! 敵の左翼は尋常ではないな!」ヌイが納得したように呟いた。
「それで、二軍の被害状況は?」ヌイが参謀の一人に尋ねる。
「プリソースカ様の軍の死傷者が千、そしてメェーフ様の軍が同じく千。右翼の損失は三分の一に及びます!」
「それは甚大だな! よかろう、二軍に各千ずつ補充する。明日以降は防御に徹しろ! 兵の損害を極力抑える戦いに終始せよ!」
「「ハッ!」」ヌイの命にプリソースカとメェーフは、同時に返事する。
この二人の剛将からすれば、何とも屈辱的な命令ではあったが、ヌイ直々の命令は絶対であり、さらにその命令に従わざるを得ないほど、敵軍が精強であるのは間違いなかった。
「それが、宜しいかと……。おそらく、プリソースカ様とメェーフ様の二軍が相対している敵左翼こそ、今回の主力軍! この敵左翼が、お二人の軍を破ってヌイ様中央軍の後背に回ることこそ、最悪の事態といえます。幸い、守りに徹した戦いに終始すれば、それほど怖い敵ではないかと……」カナリーノがはっきりとそう進言する。
ルーラの義妹でルーラから遣わされた客将の身分として、逆に遠慮した発言はヌイに対して失礼に当たることではあるが、このカナリーノの進言は、プリソースカの自尊心をツヴァンソから受けるそれとは違う形で、彼女の心を深く傷つけた。
ヌイの手前、この場ではカナリーノをこっそり睨みつけることしか出来ないプリソースカであったが、この一件でプリソースカの中でカナリーノへの嫌悪が殺意にまで昇格したのは間違いなかった。
まあ、プリソースカからすれば、ツヴァンソに対してもそうだが、ヌイの側近くにいる女性には漏れなく殺意を芽生えるほどの嫌悪感を持っているようであるから、カナリーノに対するこの感情は特別のものではなかった。
プリソースカ本人は、そう言う自分の心癖に全く気付いていないのであるから、ある意味、性質が悪いといえよう。
〔参考一 用語集〕
(八大龍王名)
優鉢羅龍王(初代ウバツラが逝去後、後を継いだ二代目第八龍王)
(人名)
オルソ(バロン十将の一人。“暴れ熊”の異名を持つ猛将)
カナリーノ(ルーラの義妹)
シール(バロン十将の一人。“狂将”の異名を持つ老将)
シュナーベル(ヌイ軍の司令官)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)
バロン(ミケルクスド國三将軍の一人)
プリソースカ(ヌイ軍の司令官)
メェーフ(ヌイ軍の司令官)
ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
リノチェロンテ地方(ミケルクスド國領)
〔参考二 大陸全図〕




