【208 第一次西部攻略戦(四)】
【208 第一次西部攻略戦(四)】
〔本編〕
さて、地下牢でセミケルンから妙案を授かったマルダー宰相は、翌日すぐさまツァイトオラクル王にその案を披歴した。その際、言わずもがなことではあるが、マルダーはその案をセミケルンから授かったことについては王を始め、誰にも言わなかった。
いずれにせよ、重臣が全て集まって連日続いていた無為無策の軍議の席で、初めて建設的な意見が出たのは間違いのないことであった。
「宰相! それは良い案だ! お前に全て任せる!!」愚王ツァイトオラクルも、三将軍全てを投入するその妙案に驚喜し、全面的に宰相に託した。
そして、軍議に臨席していた重臣全員、そのマルダーの提案――中身は全て牢獄にいるセミケルンからのものであるが――について、賛同の意を表し、皆のマルダーを見る目が一気に変わったのであった。
特に、常にマルダーと共にいる佞臣たちからすれば、王に気に入られているだけの無能者マルダーから、そのような提案が出たことに、何か夢でも見ているかのような錯覚にとらわれたぐらいであった。
このあと、一部の口の悪い佞臣たちの間では、マルダー宰相閣下はどこかで頭を強く打ち、それにより、全く動いていなかった脳が急に動き出したのではないかと、しばらく陰口を叩かれる始末であった。
さらに今回の一件について、一つ面白い現象があった。
この三将軍の三方面投入の案はセミケルンによって全て考えられたものではあったが、仮にセミケルンがこの案を王に直接提案したとしたら、敵が実際に攻め寄せてきている北部と南部には三将軍のうちの二人を投入するかもしれないが、残りの一将軍は絶対に王都から動かさなかったであろうと思われる。
それほどツァイトオラクル王は王都から三将軍を全て動かし、それによって王都が空っぽとなり(……と王は信じて疑わない)、その隙に敵によって王都が陥落するのではないかという異常な恐怖心を持っていたからであった。
しかし今回は、王が最もお気に入りのマルダーの案だったからこそ、マルダー本人に王自身も喜んでもらいたくて、三将軍を全て戦線に投入することに、何の躊躇もなく、それも全てマルダーに託したのであった。
これなどは非常に強烈で皮肉的な一例と言えるであろう。
さて、ツァイトオラクル王から今回の作戦を一任されたマルダー宰相は、三将軍に緊急召集をかける。
他国では信じられない現象なのであるが、今回の王都での重臣一同の会議の場に三将軍が一切出席していなかったのであった。
むろん、ミケルクスド國最高峰の三将軍といえども現場の将には過ぎないので、王都における政略戦略レベルの会議などには基本出席はしない。
それでも軍事部門の最高峰で、王都に滞在しており、まさに今回のように国難級の問題を抱えている場合での軍議、それも連日に渡る緊急な軍議において、そこに一切、三将軍が出席しないのはまさに異常な状況であるのは間違いない。
いくらツァイトオラクルが愚王といえども、まさかそれら最高峰の大将軍がこの軍議に出席するのを拒んでいるわけではない。つまり、三将軍は自主的に軍議への出席を拒んでいたのであった。
中央政府の方針に全く口を差し挟まないという姿勢の表れとも受け取れるが、それ以上に三将軍同士の仲が非常に険悪だということがその最大の理由である。
むろん中央で決定した方針には従う。それでも、三将軍のうち二人以上の複数で共同作戦を行うなどという命令には一切従うつもりはなかった。
むろん、表立って命令に従わなければ、それは命令拒絶、場合によっては謀反ととられてもおかしくないほどの罪になるので、そこまではしない。表面的には三将軍たちは共同作戦の命には従う。
ただし、本人たちは急病と称し、作戦には代理の者を派遣させるといった按配になる。それも露骨な程極端に、三将軍本人はむろん、将軍クラスの指揮官あるいは参謀の主だった連中すら、将軍と同様の流行病であるなどと言い訳し、場合によっては隊長クラスの者を代理の指揮官として派遣させるほどであった。
これではせっかくの複数の三将軍による連合軍の意味を全くなさない。
結局、中央政府も三将軍については別々の作戦を遂行させる命令しか発せなくなってしまったのであった。
そして今回もマルダーが三将軍を緊急召集させたこの場に、三人とも様々な理由で招集を断り、代理人を寄こしただけであった。
マルダーからしても、三人が三人とも代理人を寄こしたので、緊急招集の場で激昂して、代理の者を怒鳴りつけたい気持ちに襲われたが、さすがに代理人の前だからといってここで激昂し、それによって三将軍たちが戦場にすら立たなくなるという最悪の事態を恐れ、代理人たちを表面的には快く迎え、王の指示を伝えたのであった。
「おお、マルダー宰相閣下の召集はいかなるものであった?」ミケルクスド三将軍の一人――智将バッサートは副官のケリウスにそう尋ねた。
「内容につきましては、バッサート様のご推察通り、我らはそのうちの北部戦線を仰せつかりました」
「おお、マルダーも存外馬鹿ではないな。三将軍中最も優れている俺を、マデギリーク、フセグダーの大御所コンビ戦線の担当にするとは……。よし、伝説の武神たちを俺の手で葬り、俺が史上最強の大将軍として名を未来永劫にまで残すとするか! 我らの国家は体たらくではあるが、俺の名声のための踏み台となってもらおうか!」
「相変わらずの傲岸不遜ぶり! さすが我が主、バッサート様! しかし、二点ほどバッサート様の言葉に合点しかねるものがあります」
「ふん、さすが俺の副官殿! 人が気持ちよく話しているところにその水を差すような発言! 主に同調するという気遣いが少しはあっても良いのではないか?」
「バッサート様こそ、そういう同調発言などにはへそを曲げるご性格でありながら、そのようなことを……。まあ、そこもバッサート様のひねくれたご性格そのものではありますが……」
副官ケリウスの嫌味も相当なものであったが、この二人の主従関係は常にこのような感じであった。
智将バッサート。彼は、『仁・勇・智』のうち自らに足りない『仁』と『勇』の二つを二人の副官を介して補完させている。
しかしこのうち『勇』にあたるボバァン将軍は、先のバラグリンドル地方攻略戦の最中、聖王国のツヴァンソの手にかかり命を落とす。それ以来、『勇』の副官の席は空白のままであった。
そしてもう一人の副官、『仁』の副官がこのケリウス将軍であった。
『仁』の副官と称されるよう、ケリウスは人格者であり、多くの人材が彼の人柄に惹かれて集まってきている。ケリウス将軍は、バッサート将軍が最も頼りにしている家臣といえた。
〔参考一 用語集〕
(人名)
ケリウス(バッサート将軍の副官)
セミケルン(ミケルクスド國の元宰相)
ツァイトオラクル王(ミケルクスド國現王)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
バッサート(ミケルクスド國三将軍の一人)
フセグダー(ジュリス王国の将軍。『生ける武神』の異名を持つ)
ボバァン(バッサート将軍の副官。故人)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)
マルダー(ミケルクスド國の宰相。ツァイトオラクル王のお気に入りの家臣)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
(その他)
三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)
〔参考二 大陸全図〕




